第22話 二人きりで





 実は神威嶽の分は、先に出来上がっていた。

 でも、今まで渡しに行けなかった。それは面倒だとか、納得してもらえるだろうかとか、色々な感情が混ざりあって、なかなか足が向かなかったのだ。


 後回しにしてきたけど、さすがにそろそろ渡しに行かないとまずい。

 そしてタイミングがいいことに、今日は神威嶽のところに祝福を捧げに行く。渡すには絶好の機会だった。


「……持っていくか」


 壊さないように、箱に入れて持っていくことにした。さすがに皇帝に渡すものを、雑には扱えない。


「俺が持ちましょうか?」


 思わずため息をこぼせば、心配そうに剣持が提案してきた。専属騎士になったので、一緒についてきてくれる。

 任せたい気持ちもあったが、今回は俺が直接持っていくべきだろう。神威嶽の機嫌を損ねそうなことは、あらかじめやらないようにする。

 初対面の時と、それからの関係性を見る限り、二人が上手くいくとは思えない。それは神路や神々廻とも同じだが。


「ありがとう。でも、俺が持っていく」


「かしこまりました」


 決して、信用していないから任せなかったわけではない。でも誤解していたら大変なので、フォローは忘れずにしておく。


「帰ったら、すぐに完成させるから」


「はい」


 すぐに嬉しそうになったので、言葉を間違えずに出来た。安心しつつ、俺は城に行くための準備を始めた。






 ああ、憂鬱だ。

 城に行くため、馬車に揺られながら俺はまたため息を吐く。


「具合でも悪いですか?」


「いえ……体調に問題はありません」


 ただ、どうしてここに神路がいるのか不思議なだけだ。


 その言葉を飲み込み、俺はカーテンの隙間から外の景色を見た。こうすれば話しかけてこないだろう。

 今日に限って、何故か神路は一緒の馬車に乗ってきた。いつもは、俺と同じ空間にいるのが苦痛かのように別の馬車に乗るはずなのに、前からこうだったみたいな顔でだ。

 思わず間違えているんじゃないかと、そう口に出して言ってしまったほどである。


「いえ、間違っていません」


「しかし、いつもは別の馬車で……」


 まるで俺がおかしいようなふるまいをするので、今まで違かっただろうと事実を突きつけた。

 何を考えているんだ。俺を観察するつもりなのか。それもありえる話だった。


 剣持を別の馬車に無理やり乗せたのも、そうだと証明している。俺から離れないという訴えを無視して、自分と一緒ならば大丈夫だと押し切った。

 二人よりは絶対に三人の方が良かったけど、反論は許さない気配を感じたので、渋々受け入れるしか無かった。捨てられた犬のような表情を浮かべていた剣持を思い出すと、胸が痛んだ。でも仕方ない。神路にとっては、観察するのに二人きりの方が都合がいい。


 神々廻を俺の元に送ったのは神路で、そして俺の様子が変わったのも報告されているだろう。俺が何かを企んでいるのではないかと、きっと警戒心を強めている。


 神路の代償を知り、勝手に剣持を専属騎士にしてから、どこか気まずい状態になっていた。向こうは、俺のことをいずれ面倒になる存在だと思っているかもしれない。


 そうなると、部屋を監視しているカメラの数も増やされた可能性も出てきた。ボロは出さないように気をつけているが、精神的に休めないのは辛い。

 大人しくしているはずなのに、どうして放っておいてくれないんだ。重々しく息を吐いてしまう。無意識に、持っていた箱を手で撫でる。


「それは、陛下への贈り物ですよね」


 わざとらしく見えたのか、神路が話しかけてくる。せっかく景色を楽しんでいるアピールをしていたのに、無駄になってしまった。

 話しかけられたら、この狭い馬車の中では無視できない。

 俺はゆっくりと神路に視線を向けた。


「はい。依頼された品が出来たので、献上するために持ってきました」


 もっと前に完成していたのを知っているはずだ。でもそれを指摘してこなかった。


「私に見せていただけますか?」


 どうしようか迷った。別に見せるのは構わないが、なんとなく、説明は出来ないが今は駄目だと本能が警告した。


「申し訳ありませんが、最初に陛下に見てもらうと約束していますので」


 そんな約束は一つもしていない。でも神路は知らない。

 神威嶽の名前を盾にすれば、さすがに無理強いはできないようだ。眉を下げ、わざとらしく悲しそうな表情を浮かべた。


「そうですか。あなたの作ったものを近くで見たかったのですが……約束をされていたら仕方ありませんよね」


 俺に罪悪感を抱かせようとする作戦だとすれば、完全に失敗だった。そんな作った表情なんて、剣持が本気で悲しんでいる時に比べれば、何も心に訴えかけてこない。

 むしろ、いいように操られてたまるかと、絶対に心を乱されはしないという決意に溢れる。


「申し訳ありません。陛下との約束は反故に出来ませんから。渡した後で、見る機会もきっとあるでしょう」


「……そう、ですね。無茶なことを言ってしまいました」


 よくよく聞けば素っ気ない言葉に、神路もすぐに気づいたらしい。操れるとでも慢心していたのか、表情が少しひきつった。


 俺はやり込めた達成感に、気づかれないぐらい小さく口角を上げた。





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