第20話 変な存在
「駄目だ!」
俺は叫んだ。考えている余裕はなかった。
今言わないと、最悪の結果になる。頭にあったのは、ただそれだけだった。
そして俺の判断は合っていた。剣持はすでに剣を抜いていて、あと一秒でも叫ぶのが遅かったら、それは神々廻に届いていただろう。
間一髪のところで間に合ったが、剣持はまだ切っ先を向けたままである。いつでも切り捨てられるように。
まだ身の危険があるのに関わらず、神々廻は余裕そうに笑っていた。楽しんでいるとしか思えない。
「いいよ。俺を切っても。でもそうすれば、すぐに警備が来る。無抵抗の人間を切ったとなれば、処分は免れないだろうね」
そして神々廻を傷つけたとなれば、剣持はもう死んだも同然だ。
結末を予想しているからこそ、神々廻は余裕なのだろう。もしかしたら、剣持になら勝てるのかもしれない。
裏の仕事をしていれば、危険な目にあったことも一度や二度ではないはずだ。こうしているということは、ピンチを乗り越えてきたわけである。
経験の差で、圧倒的に剣持は不利だった。止められて、本当に良かった。正当防衛で返り討ちになっていた可能性もある。そうすれば容赦しなかっただろう。
「剣持は、あなたの望み通りには動きません。期待しても無駄ですよ」
「期待なんてそんな。いつ切られるのかと、怖くて仕方ありませんよ」
白々しい男だ。全く怖がっていないくせに。でもそう言えば、一介の商人に過ぎないのにどうしてだと逆に問われる。
まだ、相手の素性を知っているのがバレるのは良くない。そうなれば全ての秘密が、白日のもとにさらされる。色々と言いたい気持ちをこらえて、俺は冷静に返す。
「先ほども言ったように、あなたとは長い付き合いをしたいです。持ってこられた品物は、どれも素晴らしいですから」
「俺と仲良くしたいって言ってる?」
「まあ、そう受けとってもらえれば構いません」
生き残れれば、望んでいなくても長い付き合いになるのは確定だ。こちらが友好的な態度を示していれば、表立って危害を加えようとはしないだろう。
抗議をするように剣持の腕の力が強まったが、それは無視した。後でフォローをしておけば、きっと許してくれる。
「商人と仲良くしたいだなんて、変わっている」
「よく言われます」
「……そうだね。面白そうだから、もう少し付き合ってみることに決めた。あなたが作ったアクセサリーも気になるし」
「ありがとうございます。今回は陛下と、剣持に作りますが、販売するのも視野に入れていますので、その時はよろしくお願いします」
「こちらこそ。物によっては、独占させてもらいたい」
ずっと向けられていた殺気がなくなった。俺は良かったと、胸を撫で下ろす。
一応、今の段階では死を回避できた。でも、神々廻の考えが変われば、すぐ危険な状態に戻る。まるで綱渡りでもしている気分だ。聖になってしまった段階で、もうそうなる運命だった。諦めて受け入れるしかない。
「ええ。こちらとしても、直接取引ができると何かと便利ですから。試作品が完成したら、まっさきにミカさんに見せますね」
「楽しみにしている。……あ、そうだ」
思い出したかのようなしぐさに、俺は警戒心を強める。神々廻の前で隙を見せれば、簡単に消されてしまう。笑顔だったとしても、油断はできない。
「そんな警戒しなくていい。別に今はとって食おうとするつもりはないから」
つまり、いつかはそうする可能性もあるというわけだ。今回見逃してもらえたのは、ただ興味を引けたから。つまらないと判断されれば、偽者だと分かっている神々廻は俺をためらいなく消せる。
資金が貯まって、光代役から解放されるまでは、俺は興味深い存在でいなければ。
「食べられないように気をつけます。……俺は、ここでひっそりと過ごすつもりですから」
本物を傷つけるとは欠片も思っていないと、頭の中で刻んでおいてもらうために、無害アピールも忘れない。神路や神威嶽とは違った意味で危険だけど、一番関わることは少なかった。
むしろ、こうして話している状況自体が本来ならばありえないことなのだ。変わってしまった影響だと受け入れて、たまに会う時に機嫌を取っておけばなんとかなる。
離れている間に興味のあることが見つかれば、俺の存在なんてすぐに忘れる。それまでの辛抱だ。
「ひっそりと。それは光なのだから、難しいと思うけど。今だって、その態度に注目が集まっている」
「全員に好かれることなど不可能ですよ」
本物以外は。俺が立派に務めを果たしたところで、どこかから不満の声は上がる。仕方のないことだ。俺には好かれるほどの魅力がない。
「……悲観的な考え方だ。ますます面白い。ああ、そうだ。言い忘れていたことだけど。神殿と取引をする関係で、しばらくここに滞在することになったから」
「え」
「毎日、会えるってこと。よろしく」
嘘だろう。誰か嘘だと言ってくれ。こんな展開は予想していなかった。
ほとんど顔を合わせないから大丈夫だと考えていたのに、その前提から崩されてしまった。
死に近づいた。絞めあげるほどの腕の力を感じながら、俺はそのまま意識を飛ばしたかった。
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