第18話 最後のメインヒーロー




 この世界では、モブと言われるような立ち位置の人は、基本的に茶色の髪と瞳である。

 つまりそれ以外の色だと、重要な立ち位置にいる可能性が高いのだ。


 初めて男を見た時、まっさきにある人物が頭に浮かんだ。黒髪は、前の世界だったら馴染みのあるものだ。

 でもこの世界においては、俺の知る限りでは一人しかいない。まさかとも思ったが、観察しているうちに人違いではないと確信を持った。


 名前は神々廻ししば巳影みかげ、19歳。

 本来であれば、光が現れるまで、彼と俺が関わることは無いはずだった。

 神々廻は商人では無い。実際の姿は、裏の仕事を専門とする何でも屋だ。情報収集や後始末まで、対価を払えば望みを叶えてくれる。そして神路や神威嶽に重宝されるぐらい、仕事ぶりは素晴らしかった。


 名前が表している通り、影として生きていた神々廻だったが、主人公に会ったことで気持ちに変化が起こる。自分の存在に気づいてくれて、対価がなくても手を差し伸べてくれる。そんな姿に惹かれ、彼の世界の中心になった。


 崇拝のレベルで慕う神々廻にとって、主人公に嫉妬し排除しようとする俺の存在は、ただただ邪魔でしかなかった。

 今まで培った裏での仕事スキルをあますことなく発揮して、俺の所業を調べあげた。

 神々廻のせいで、逮捕されることになったと言っても過言では無い。


 つまり、将来俺を間接的に殺す相手と、今は同じ空間にいるのだ。品物を見るという目的があったから我慢していたが、それでもこの場から逃げたくてたまらなかった。


 神々廻だと分かった時から、どうしてここにいるのだと疑問が湧いた。まだ会うタイミングではない。それなのに、わざわざ商人に変装してまで、俺に会いに来た。

 神々廻の立ち位置を考えると、嫌な予感しかしなかった。絶対に偵察が目的だろう。それ以外、考えられない。


 ここも小説とは変わってくるのか。会う時期がズレることで、一体どんな違いが生まれるのだろう。俺にとっていいことであると、そう心から願いたい。


「そういえば、名前を聞いていませんでしたね。ご存知かとは思いますが、俺の名前は聖です。今後、あなたとは長い付き合いになるかもしれませんから、お名前を教えてもらってもいいですか?」


 こちらから先に自己紹介をして、相手の反応を窺う。商人というスタイルを止めないのであれば、俺がアクセサリー作りをしている限り、言葉通り会う機会が増えるはずだ。


 まさか名前を教えないわけないよな。そんな意味を込めて言った。さて、どう答えるか。どうごまかそうとするか、俺は期待して待つ。


「……名前。そんなに重要だろうか」


「重要でしょう。それなら、俺はあなたをなんとお呼びすればいいのですか」


 本名を教えたくないようで、少しの間口を閉ざすと、こう答えた。


「それなら、ミカと。そう呼んでくれればいい」


 巳影からとってミカ。

 名前を知っている俺からすると、愛称みたいで逆に距離を縮めているように感じた。

 でも、俺は名前を知らない設定だった。だから愛称かどうかも分からない。


「ミカさん、ですね。分かりました。これから、そう呼ばせてもらいます」


 間違って巳影とまで言わないように、頭の中に叩き込んでおく。ミカ、ミカ。そう口に出さず考えていれば、急に神々廻が笑う。


「あなたに呼ばれると、意外に心地いい。今日は来て良かった」


 言葉通り受け止められれば良かったが、相手が神々廻ともなると裏の意味を勝手に読もうとする。要注意人物として、目をつけられたという意味か。

 出来る限りボロは出さないと気をつけたつもりでも、相手には通用しなかった。これは俺が悪い。でも言い訳させてもらえるならば、まさかこんなところで会うとは思っていなかったのだ。何も準備出来ていなかったとしても、仕方がない話である。


 もうこうなってしまったのは諦めて、今はアクセサリーの材料を見つけることだけに専念しよう。そう気持ちを切り替えないと、自分の言動全てを後悔しそうになる。


 神々廻の探る視線を感じながら、俺は全然気づいていないふりをして、神威嶽用のを何個か見繕った。一つに絞らなかったのは、作っている段階でやり直すことがあるかもしれなかったからだ。


「剣持、選べた?」


「は、はい。……これがいいです」


 そう言って指したのは、アンクレットにはちょうどいい太さの、銀色のチェーンだった。

 俺は強度と、肌を傷つけないかだけ確認して、選んだものをまとめる。


「今日のところは、これをもらいます。代金は、今支払った方がいいですか?」


 小ぶりなものとはいえ、宝石三つと金属。俺がすぐに用意出来る所持金で足りるだろうか。

 もし不足している場合は、神路に頼んで借りを作るしかない。作る相手が相手だから、妥協したくなかった。上手くいけば、借りもすぐに返せる。


 そんな危ない思考をしていると、計算を終えた神々廻が手を叩いた。


「初回だから、本来なら現金で支払ってもらうところだけど、頼みを聞いてくれたらサービスしてもいい」


「頼みごと?」


 首を傾げた俺に、神々廻は顔を近づけた。そして囁く。


「お前は……一体、何を企んでいる?」


 その言葉には、完全に敵意が含まれていた。





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