第16話 怪しい人物





 剣持の存在は、すぐに生活の一部となった。ずっと傍にいることで、気が抜けないかと心配していたけど、でもそこは剣持が上手くやってくれた。

 傍にいつつも、時と場合に応じて存在を消す。いることを忘れてしまうぐらいで、何度も驚かされた。


 そして、専属騎士という意味でも、かなり優秀だった。今のところ襲撃されたわけではないけど、世話係が悪さをしないように目を光らせてくれた。


「それが、聖様にする態度なのか?」


 そう短く言っただけで、待遇が一気に良くなった。こんなに変わるものかと、驚きながら呆れたぐらいだ。


 剣持のおかげで世話係が丁寧に世話をしてくれるようになり、俺としても生活しやすくなった。自分一人では言えなかっただろうから、とても感謝している。


 そして二人きりの時でも、気を張り詰めなくていいのは楽だった。一応、他の相手には丁寧に対応しているが、剣持には気軽に接することが出来る。


 素の俺を見せて幻滅されないかと思ったが、全くそんなにことはなかった。むしろ前に言っていたように、俺が素を見せるごとに喜んでいる姿を目撃していた。


「俺の前だけでも、取り繕わないでください。聖様が気楽でいられる手助けが出来れば、これ以上幸せなことは無いです」


 監視カメラがあるから、実は他の人にも見られているのだが、そんな野暮なことは言わない。俺も素を見せる時は、出来る限り剣持にしか分からないように、小さく場所も考えた。それでも、見られている可能性は高いが。





 神威嶽を待たせないためか、神路に頼んでそう日にちが経たないうちに、商人と会う機会が設けられた。

 こんなにも早いとは。さすが皇帝だ。かなり特別扱いされている。地位を考えたら当たり前か。


 皇帝から依頼されたものを作る。そういうわけで、訪れる商人も最高級レベルだと予想していた。でも、用意された応接間で待っていた俺は、入ってきた人物を見て少し戸惑う。


 商人と言ったからそういった格好をしていると思ったのに、どちらかというと貴族みたいな服を着ている。貴族を相手にしているから、格好にも気を遣っているのだろうか。


 それはまだ良いとして、仮面を被っているのはどういうことなのだ。入ってきた瞬間にまっさきに視界に入ってきて、敵襲が来たのかと勘違いしそうになった。すぐに違うと分かったが、それでも戸惑いは消えない。


 目と鼻を隠す上半分だけある仮面は、真っ白だからか異様さが際立った。さらに上背もあるせいで、威圧感がある。

 真っ黒な髪はウェーブがかかっていて、短くもないが長くもない。ふわふわしている感じでもなかった。


 入ってきた男は、仮面をつけていてもじっと見ているのが分かった。何か言うのかと待っていたが、沈黙に耐えきれなくなって俺から話しかける。


「ご足労いただき、ありがとうございます。今日は素晴らしいものがあれば、ぜひ購入したいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いします」


 相手が異様だとしても、神路が選んだ人間だ。優秀なことに違いない。こちらに危害を加えることもないだろう。

 俺はそう思ったが、後ろで控えている剣持は違う意見らしい。いつでも剣を抜けるように、さりげなく柄を掴んでいる。大丈夫だと言いたいが、変に注目を集めたくないから黙っていた。


「……こちらこそ、お招きいただき感謝致します」


「どうぞ、座ってください」


 商人にしては口数が少ない。自分から言うのはなんだが、俺は格好のカモのはずだ。どれだけ売れるか腕の見せどころだと、張り切って話しかけるものでは無いのか。


 でも相手は名乗ることもせず、座るように促したソファに腰掛けると、じっとこちらを見てくる。あまりの視線の強さに、俺は顔をそらしながら口を開く。


「……あの、持ってこられた商品を見たいのですが」


「かしこまりました」


 こちらから言って、ようやくテーブルの上に商品を並べ始めた。本当に大丈夫なのか。不安になってくる。


「……好きに見てもらって構いません。何か聞きたいことがあれば、どうぞなんなりと質問を」


 それだけ言うと、また黙ってしまう。話しかけられても煩わしいから、俺も何も言わずに商品を手に取る。


 神路が連れて来ただけあって、なかなかいい品物を用意している。粗悪品を持ってきたらどうしようかと心配していたので、その点は安心する。


 細かい傷やヒビが入っていないか、ルーペを使って確認していく。宝石は、どれも文句無しに最高級品だった。

 これなら神威嶽用に使っても、特に問題は無さそうだ。これ以上となると、報酬をもらえなければ割に合わない。


 剣持用には紫色の宝石を探すとして、神威嶽はどうしようか。神路の時みたいに、髪色と同じものにするのが一番だろう。その方が。服にも合わせやすいはずだ。


 とりあえず赤と紫を。

 そう考えながら並べられた宝石を見て、ひっかかりを感じる。

 何故だろうか。少し時間が経って、俺は気づいてしまった。


 他の色と比べると、並べられている宝石は赤と紫の種類が豊富なのだ。選ぶのに、時間がかかりそうなぐらいである。

 その事実に、軽く驚いた。




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