第12話 理不尽な怒り





 絶対に専属騎士には、俺の知らない別の意味がある。

 神威嶽のおかしな様子に察した俺は、ここで聞くのはまずいだろうかと考える。一度知っているふりをしてしまったから、やっぱりよく分かっていませんでしたと言えば、剣持を傷つける。


 傷つけずに、でも状況を確認するいい手はないか。俺は考えて、そして思いつく。


「……何か問題でも?」


 わざとらしく煽れば、カッとなった神威嶽が声を荒らげた。


「問題だらけに決まっているだろ。専属騎士の誓いは、死ぬまで破棄することが出来ないんだ」


 予想通りだ。こうすれば説明をしてくれる。さらに情報を引き出すために、俺は首を傾げた。


「別にいいでしょう。それとも他に問題がありますか」


「専属騎士は、その相手の命令しか聞かない。相手の傍に居続ける。それを止める権利は誰にも無いんだ。そう簡単に誓いを立てるものじゃない」


 生涯をかけたものというわけか。あまりに重いからこそ、そうそう立てられるものじゃない。

 そして専属になった騎士は、俺の命令しか聞かない。俺の傍を離れない。


 神威嶽は選択が間違っているような言い方をするが、話を聞けば聞くほど俺にとっては素晴らしい誓いだとしか思えない。

 そうじゃないか。生涯をかけて、俺を守ってくれる。途中で終わることは無い。

 味方としては、こんなにも心強い存在は他にいないはずだ。


「何も問題ないでしょう。剣持が嫌なら別ですが」


「俺は全く嫌ではありません。むしろ光栄なことです。命にかえても聖様をお守りします」


「命は大事にしてください。俺のために死ぬのは許しませんから」


「肝に銘じておきます」


 味方になってくれるのは嬉しい。でも俺のせいで傷ついて欲しくはなかった。きちんと言っておかないと自分を犠牲にしそうなので、釘をさしておく。


「ああ、そうだ」


 専属騎士になってくれたのだから、何かアクセサリーをプレゼントしよう。こんな俺に対し、大事な誓いを立ててくれた。

 ほとんど流される形での誓いだったが、こうなったからには最後まで責任はとるつもりだ。


「剣持。好きな色や物とかある?」


「好きな色や物……ですか」


 急に話題を変えたせいで、戸惑わせてしまった。あまりに脈略がなさすぎたかと、反省して詳しく説明することにした。


「俺、アクセサリーを作るようになったから。剣持が良かったら、何かプレゼントしようかと思ってて。……迷惑か?」


 押しつけは良くない。最後の方は声が小さくなってしまったが、相手にはきちんと届いていたらしい。


「迷惑だなんて、とんでもありません。むしろ、俺に作ってくださるのですか?」


「ああ。俺の専属騎士だって一目見て分かるように、おそろいでもいいかもな」


「おそろいですか。聖様がよろしければ、ぜひ」


 よし、これは腕がなる。

 ペアになるようにデザインしてもいい。アイデアが溢れ出してきて、今すぐにメモをとりたかった。


「おい。何勝手に話を進めてるんだ!」


 すっかり存在を忘れていた。大きな声をあげた神威嶽に、俺は剣持の後ろから顔を覗かせる。


「あ、えっと。申し訳ありません。とにかく俺達はやましい関係ではないですし、専属騎士の誓いもお互いに納得しています」


 口出ししないでほしい。そういう意味も込めて、笑顔で言いきった。


「そういう話をしているんじゃない!」


 それなのに怒りが止まらない。逆に大きくなった。


 俺を守るためか、また視界が剣持の背中でいっぱいになる。怖くないのかと思うが、同時に嬉しくもあった。皇帝に楯突いても構わない覚悟が、この世界で生きていく希望になった。


「お前に関係ない! 邪魔をするな!」


「聖様を傷つける可能性がある限りは、俺はここをどくつもりはありません」


「……騎士風情が、調子に乗るなよ」


 ここは書庫なのに、今にも殺し合いが始まりそうだ。殺気立った空気に、どうしてそんなに怒っているのかと俺は頭を抱えた。


 このままだと、血を見ることになる。そうなったら、剣持に全ての責任がいってしまう。皇帝に楯突いたのがバレれば、死刑を免れない。

 上手く場を収めよう。そのためには、怒りの理由を知る必要がある。


 俺はまた顔を覗かせ、神威嶽を見た。向こうもこちらを見ていて、視線の強さに軽く怯む。


「あの……何をそんなに怒っているのですか?」


 それでも剣持の身の安全を確保するために、俺は質問した。こちらをほぼ睨みつけていた神威嶽は、俺のその質問に眉をピクリと動かす。


「そんなの決まっているだろう。そいつと仲良くして、どういうつもりだ。アクセサリーを作るだと? ふざけるな」


「えっと、専属騎士と仲良くするのは普通ではないですか。それにアクセサリーを作るのも、陛下に迷惑をかけていません」


「本気で分からないのか」


「ええ。分かりません」


 含みを持たせた言い方をされても、全く伝わらない。はっきり言ってほしい。

 俺は視線を合わせたまま、神威嶽の言葉を待った。


 拳を握りしめ震わせていた神威嶽は、絞り出すような声を出した。


「……どうして、俺に作らない」


 その意味を理解し、そして俺は自然と口から言葉が飛び出す。


「は?」





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