第11話 俺の護衛とは





「なあ、剣持はどうして俺の護衛になったんだ?」


 俺はふとした疑問を投げかけた。

 いくら光を守れるとはいえ、たぶん神殿より皇族直属の方に憧れるだろう。


 それなのに、冷遇されている光の護衛になった。

 無理やり命じられたのか。何か失態をやらかして、窓際部署みたいな感じで追いやられたのか。

 自ら志願したわけではないだろう。


「あなたを守りたくて、立候補しました」


「え、嘘だろっ?」


 そう思っていたからこそ、反射的に口に出してしまった。口を押さえるが、発言は取り消さない。


「嘘ではありません。本当です」


「別に気を遣わなくてもいいんだ。俺はそういうの気にしないから」


「お世辞でもないです。本当に志願しました」


 嘘を言っている顔ではなかった。本当に志願したらしい。自分で言うのもどうかと思うが、もっといい場所があるはずだ。

 そんな気持ちが顔に出ていたらしく、剣持が俺の手を取った。


「聖様の傍に仕えたいという者は、あなたが思っているよりも、ずっとたくさんいます」


「そんなわけ……」


「俺がどれだけの競争を勝ち上がったか、あなたも分かっていないのでしょうね」


 その視線が、あまりにも強くて息を飲む。

 手を取られたまま、思考が停止して固まってしまう。


「いや、でも俺だから。光として、きちんと責務をこなせていないし……役立たずだろ」


「……誰がそんなことを言ったのですか」


 照れ隠しで言えば、急に剣持の雰囲気が恐ろしくなった。誰だか分からない相手に、殺気を向けている。名前を出したら、今にも切りに行きそうだ。冗談ではなく。


「いや。俺が勝手に感じただけで、誰かに言われたとか……そういうわけじゃない」


「それならいいですが……本当に誰かに言われたわけでじゃないですよね。もし遠慮しているだけなら、俺は大丈夫ですから」


「だから違うって。自分で思っただけだから。そんな怖い顔しないでくれ」


 俺は掴まれていない手で、剣持の頭を撫でた。落ち着かせるためだったが、さすがに子供扱いをしていると怒られるか。


 そういえば、剣持は何歳なんだろう。まだ聞いていない。これで年上だったらどうしようか。


 少し心配していたが、怒るどころか嬉しそうに目を細めている。喜んでくれたのなら何よりである。


 これで、怒りもごまかされてくれれば。そう期待して頭を撫でていたのだが、急に遠くで大きな音が鳴って手を止めた。

 物が落ちたのかと、そちらに視線を向けて驚く。


「……陛下?」


 少し離れたところで、神威嶽が一人立っていた。傍に護衛はいない。

 もしかして一人で来たのか。それは、あまりにも無防備すぎる。何をしているのだと呆れれば、向こうも眉間にしわを寄せて近づいてきた。


「何をしているんだ」


 来たかと思えば、いきなりそんなことを言ってくるから、こちらもムッとする。


「ここは書庫ですから、本を読みに来ました。それ以外に何をするのですか」


 言葉に皮肉を入れて、どこか馬鹿にした言い方をする。

 それが相手にも伝わったようで、さらに眉間のしわが濃くなった。そんな顔をしていたら、あとがついてしまう。俺には関係ないけど。


「本を読みに来たようには、とても見えないがな。そいつと何をしていたんだ」


 そいつと言いながら、剣持を指さす。人を指さしてはいけないと、小さい頃に教わらなかったのか。きっと教わらなかったのだろう。


「何をしていたって……別に関係ないでしょう」


 頭を撫でていたが、それは神威嶽に関係ない話だ。責められる筋合いはない。

 強気に出れば、舌打ちまでしてくる。かなり態度が悪い。


「関係ある。光が男遊びをしているとなったら、外聞が悪いだろう」


「男遊び? 剣持とは、そういう関係ではありません」


 男遊びなんて、本気で思っているのだろうか。俺は何を言われても構わないけど、剣持を悪く言うのは許せない。そこは、はっきりと否定する。


「は。……名前、呼んで」


 反発したことよりも、剣持を名前で呼んだのに驚いたようだ。そんなに驚くかと思っていると、すっと剣持がさりげなく俺の前に立つ。視界が遮られ、神威嶽が見えなくなった。


「お前、何しているんだ。俺は今、そいつと話しているんだ。邪魔するな」


 見えないが、声だけで苛立っているのが伝わる。こんなことをしたら不敬罪に問われる。俺は剣持をたしなめようとするが、間に合わなかった。


「あなたの命令は聞けません。俺は、聖様専属騎士になったので」


 どうして煽るようなことを言うんだ。死に急いでいるのか。絶対に、この場で首を切られる。命知らずな対応に、俺の方が緊張する。


「……専属騎士だと。お前が?」


「はい。先ほど、誓いを済ませました」


「誓いまで済ませたのか!?」


 俺だけ取り残されたまま、二人の間で話が進んでいる。話を聞いている限りだと、専属騎士というのは考えているよりも重要なものらしい。

 神威嶽が驚いて叫ぶぐらいだ。ただの主従関係ではないのかもしれない。


「剣持」


 俺は説明して欲しくて、そっと服の裾を引っ張った。すぐにこちらを見た剣持は、穏やかに微笑む。


「心配しないでください。聖様。俺がきちんと処理致しますので」


 違う。そういうことじゃない。

 処理するが不穏な意味を持っているようにしか聞こえなくて、俺は現実逃避しそうになった。





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