第10話 専属騎士
護衛に名前を聞くのは、どういう意味を持っているのだろうか。
たぶん思っているよりも、重要な意味がありそうだ。
こちらをじっと見ている視線が、それを証明している。
俺としては何気ない質問なのに、知識不足のせいでおかしな事態になっている。だから、もっと早く勉強するべきだった。後悔しても、もう手遅れだ。
「えーっと」
あれから、どう答えればいいか分からず困っていた。素直に分からないと言えばいいのか、それとも分かっているふりをすればいいのか。
向こうも何も言ってこない。俺の答えを待っているみたいだ。
出来れば、何かしら言ってほしかったのだけど。それをヒントにして、どう行動するべきか分かったのに。
どことなく、期待しているような雰囲気があった。俺の返しで、その期待を裏切ることになってしまう。
どちらがいいか。リスクを考えつつ、追い詰められた俺は選択した。
「分かっています。そのうえで、あなたの名前を聞いているのです」
分からないと言うより、分かっているふりを選んだのは、ガッカリさせたくなかったからだ。
「そう、ですか」
俺の選択は、きっと間違っていなかった。
ガッカリすることなく、むしろ顔を輝かせて彼は近づく。
そして、目の前でひざまずいた。
「……俺の名前は、剣持です。あなたの剣となり、盾となり、一生守ると誓います」
手を取られ、甲に唇が触れる。まるで儀式みたいな様子に、俺はやっぱり選択を間違えたのかと冷や汗が流れた。
「今日から俺は、あなた専属の騎士です。俺を選んでいただき光栄です。この恩は忘れません」
「……はい」
たぶん、ものすごく大変なことになっている。専属騎士と言ったが、この感じだととてつもなく重要な役職なのだ。一生守るとか、恩を忘れないとか、絶対に重要な誓いだった。
「……あなたの、お名前を呼ぶ許可をいただけますか?」
「俺の」
「はい、駄目なら諦めます。……さすがに望みすぎですよね」
悲しそうに言うから、俺は剣持と名乗った専属騎士の頬に触れる。
「いえ。ぜひ呼んでください。……俺のことは聖と」
「聖、様」
こうして名前を呼ばれるのは、本当に久しぶりのことだった。今まで、誰も名前を呼んでくれなかった。
それがこんなに嬉しいなんて。自分でも驚いてしまう。もう聖は俺の名前だった。
「ああ。剣持、よろしくな」
「はい。よろしくお願い致します」
丁寧な話し方ではなく、素の自分を見せる。剣持は全く驚かず、むしろ嬉しそうに微笑む。俺も自分を作らなくて済んで、かなり楽になった。
「なあ、ちょっと手伝ってもらってもいいか。本を探しているんだけど、さすがにこの量から見つけ出すのは大変だから。手を貸してくれると嬉しい」
「どんな本をお探しですか?」
専属騎士になったからか、文句も言わずにむしろ積極的に仕事をしようとする意気が素晴らしい。棚ぼた的な感じだったけど、これはいい味方ができた。
「そうだな……宝石や貴金属、アクセサリーのデザインが載っているもの。後は……」
そこで俺は止まる。剣持は小説で言うと名前も出てこない、いわゆるモブキャラの立ち位置にいるが、護衛になるぐらいだから能力はあるはずだ。
つまり、代償を払っている可能性がある。
「剣持」
「はい」
「……剣持の代償について、聞くのは構わないか?」
これを聞くのは、弱点を教えろと言っているのと変わりない。
神路だって、説明にために仕方なく教えただけだ。そうそう人に話すものではないはずだ。
それでも聞いたのは、本で知るよりも実際に聞いた方が分かりやすいと思ったからだった。剣持になら質問ができる。
「代償、ですか……」
「ああ、俺はあまり詳しくなくて」
無効化出来るはずの光が知らないというのはおかしな話だが、その事実は周知されているものではないみたいなので大丈夫だろう。
難しい顔をしてしまった剣持に、デリケートな話かと質問を撤回しようかと迷った。でも出来れば聞きたい。
本気で拒絶されたら諦めよう。表情の変化に気づくために、じっと見る。
数秒の思考の後、剣持は肩の力を抜いた。
「……俺の能力と言っても、あまり凄いものではありません。ただ、身体能力を一定時間上げられるだけです」
「それは護衛としても役に立つし、いい能力じゃないのか?」
「いえ、よくあるものです。それに能力を使えば、長時間身体能力が低下します。護衛にとっては、致命的な欠点です」
確かに身体能力を上げて、敵を全員倒すことが出来ればいいが、もし出来なかった場合、目も当てられない状況になる。
「俺の能力なんて使えませんが、それでも聖様を守るために精一杯努めさせていただきます」
「よろしく頼む。でも、使えないなんて言うなよ」
どうやら代償は、使える能力以上に大きなものになるらしい。
そうなると神路の能力は、一体どういうものだろう。聞いていなかったのに気づいたが、神路のことだから、あえて言わなかったのだろう。噂話でも聞いたことがない。きっとそういうことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます