第7話 知らない話





「……え」


 手のひらいっぱいの金貨に、俺は思考が停止する。

 俺が知らないだけで、もしかしてあのブローチには価値があるのだろうか。いや、そんなわけない。


「あの……これは」


「ブローチの代金です」


 なんてことのないように言っているが、どこかおかしい。

 俺は神路の目を見た。うつろな気がした。まるで操られているみたいな。


「神路様?」


「はい、なんですか」


「大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です」


 絶対に大丈夫じゃない。これは、誰かに何かに操られている。

 俺はヒラヒラと目の前で手を振った。目線が手を追わない。完全に洗脳されていた。


 いつからだ。そして誰にだ。

 俺は周囲を見渡す。最初から操られていたのだとしたら、今までの会話が無駄だったことになる。最悪だ。


「神路様」


「はい」


「代金については、また後で相談しましょう。えっと、これはお返しします」


「……ですが」


 返すと言っているのに、神路は金貨を受け取ろうとしない。

 どうしたものか。少しだけ迷って、俺は監視カメラのレンズを見た。きっと今も見られているだろう。

 でも仕方ない。


「目を覚ましてくださいっ」


 俺はちょっとだけ本気を混ぜて、神路の頭を叩いた。鬱憤を晴らした部分もある。


「っ」


 強く叩きすぎたかもしれない。思ったよりもいい手応えに、やりすぎたと反省するが叩いてしまったものは取り消せない。


 映像を見ている人が乗り込むのが先か、神路が目を覚ますのが先か。どちらにしても無罪放免というわけにはいかないだろう。

 まあ、大人しく罪を受け入れるつもりもないけど。


 叩いた衝撃で、うつむいてしまった神路の表情は読み取れない。洗脳はとけただろうか。

 俺は顔を覗き込んだ。


「いっ!?」


 その手を強く掴まれる。しかも前に神威嶽に掴まれたところだ。せっかく治りかけていたのに、また変色してしまう。

 痛みに顔をしかめる。振り払おうとしたが、前の時と同じく離してもらえない。


「か、みじさま。離してくださいっ」


 さすがに、しばらく動かせなくなるのは困るので、離してくれと頼めば神路が低い声を出す。


「あなたは……あなたは、何者ですか?」


「何者って、言われても」


 代理の光。偽者の光。朝霞聖。

 望んでいる答えは、これだろうか。いや、きっと違う。

 でも、何を聞いているのかが分からない。


 顔を上げた神路の目に、うつろさがなくなったから、洗脳はとけたらしい。

 それなら感謝して欲しいぐらいなのに、むしろ俺を警戒している。俺が何をしたって言うんだ。確かに叩いたけど。でもそれは、やむをえずである。


「今、何をしたんですか?」


「えーっと」


 素直に、目を覚まさせるために頭を叩いたと言っていいのだろうか。そのまま、不敬だと拘束される可能性もありそうだ。

 でも、どうせカメラに映っているからバレるか。


「頭を、叩きました。……申し訳ありません」


 事実を話し、きちんと謝る。


「でも、どこか神路様の様子がおかしくて。何かに取り憑かれているみたいで、訳が分からなくて叩いてしまったんです。とても変だったんですよ。ブローチの代金だと言って、金貨をたくさん渡してこようとしたり……」


 事実も話すが、俺が絶対に悪くないというのを前面に押し出す。悪いのは、おかしくなったそっち。それを伝えれば、神路の警戒が薄まったけど、困惑が大きくなった。


「……叩いた。それだけですか?」


「はい、そうです。申し訳ありません」


「それだけ……」


 俺の言葉を聞いて考え込み始めてしまった神路に、まだ付け入る隙があるんじゃないかと期待する。すぐに怒らないということは、俺が完全に悪いわけじゃない。その負い目がある。


「……何があったんですか。誰かに操られたとか、そういうことじゃないですよね?」


 そんな話は聞いたことがない。操られていたなんて、そういう描写はなかったはずだ。


 だからこそ、俺は何とか聞き出そうとしていた。知らない設定があるのだとすれば、ちゃんと把握しておきたい。


 神路は、神殿の最高責任者だけあって、能力も高い。その時、一番力のある人間がなるのだ。簡単に操られるわけがないのだ。だからこそ、先ほどの状況はかなりおかしい。


 言うかどうか迷っている神路は、結局話すことに決めたらしい。ごまかされる可能性の方が高かったから、その選択をしたことにも驚いた。


「……光が、何故これほどまでに愛され優遇されるか、その本当の理由を知っていますか?」


「国を発展させるからでは」


「その通りですが、もっと明確な理由があります」


「明確な理由?」


 知らない。存在するだけでいいんじゃないのか。迷信の類みたいに考えていたのだけど、どうやら間違いだったらしい。


「能力のある者は、その分代償を払い続けなければいけません」


「代償?」


「人によって違いますが、私は……乗っ取りです」


「……だから、さっき」


 二重人格と思えばいいのか。でも、行動がおかしかっただけで、性格が完全に変わっているようには見えなかった。

 違いが分かりづらいからこそ、原作では描かれなかったのか。でも、こんな大事な設定は出さない方がおかしい気もするけど。


 俺はどこか納得できないところもあったが、大人しく話の続きを待った。




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