第6話 分からない気持ち
こいつ、今なんて言った。
懐柔させるつもりかと、そう言ったよな。
確かに俺の作ったものを認めてもらえば、商売をさせてもらえるんじゃないかと思った。でも、好意を持ってほしいとか、そんなことは一度も考えなかった。
だからこそ、神路の言い方が頭に来た。聖がどうだったかは知らないが、俺はただ逮捕されたくないだけだ。それ以上は望んでいない。
ムカつく。俺はそれだけしか考えられなくなって、ブローチを見せていた手を下ろした。下ろしたなんて生易しいものじゃない。
壊す勢いで振り下ろした。
「何しているんですか!」
でも腕を掴まれてしまい、途中で止められる。完全に焦っている姿は、とても珍しい。今はそれを楽しむ余裕は無いが。
「何をしているって、壊そうとしただけです。不要みたいですし」
怒りのまま、淡々と事実だけを伝えた。そのつもりだったけど、皮肉も混じってしまう。
「不要だなんて、そんな」
「……疑ったでしょう。俺はただ、神路様に似合うかと思って作っただけです。でも、そのせいで媚を売っていると誤解されるぐらいなら、壊してしまった方がいいでしょう」
何も言えなくなった神路に、俺はため息を吐いた。
「そうですね。せっかくの材料がもったいないから、壊すのは止めます。それでは、これを売る許可をもらえますか。元々、作品を売りたいと思っていたので」
「……うる」
「はい。神路様の言う通り、俺は本物が現れるまでの代理なので。安心してもらっていいですよ。本物が現れた時は、大人しく出て行きますので。出て行った後の生活に必要なので、売ってお金を得ようと思っています」
怒りに任せた行動をすれば、損ばかりになる。ここは冷静になって、販売の許可を得よう。ついでに大人しく出ていくと伝えておいて、変な誤解もといておく。一石二鳥だ。
好意なんて必要ない。自分の立ち位置を理解している。はっきりと言えば、きっと理解してくれるはずだ。
強がりだと思われないために、目を真っ直ぐに見て静かに言った。俺が本気で言っていると分かったようで、神路は何故か息を飲む。
もっと喜べばいいのに。聖は好意を寄せていたかもしれないけど、俺は全くそのつもりはない。光としての仕事はするから、後は放置してくれれば、こっちとしてもありがたい話だ。
「売るとしたら、どういうのがいいでしょうか。ツテがないので教えていただけると、とても嬉しいのですが」
まだ固まっているので、俺は話を進めていく。利益を出せば、材料費などをうるさく言われないはずだ。最初は借金をしてもいい。
でもそれは、確実に売れる方法を見出してからだ。
できる限り、資金は増やしておきたい。リスクは負いたくない。わがままかもしれないが、こちらは生活がかかっているのだ。むしろ悪いことをして稼ごうとしないのを、褒めてもらいたい気分だった。
「あの、聞いていますか?」
これで聞いていないと言われたら、また怒りが再燃する。まさか聞いていただろうと圧をかけて尋ねれば、ハッとした表情になる。
「え、ええ。聞いておりました」
「それなら、許可を出してくれますか。作っているのが俺だと言わなくていいですから」
「いいのですか?」
まさか、俺が名前を売り出したいと危惧しているのか。いくらなんでも疑いすぎだ。
「はい。俺が作ったと広めても、プラスにはならないと思うので。でも欲を言えば、神殿御用達にしてもらえれば……いえ、欲張りすぎですね」
あまり欲張りすぎても、破滅に向かってしまう。とりあえず、売る許可だけでもいいからもらわなくては。
「これも材料費と時間を考えたら
……どれぐらいで売ればいいでしょうか」
相場が分からない。高すぎても安すぎても駄目だ。その点、神路ならいい金額を導き出せるはずだった。
「……販売する許可を出します。いい商人を紹介しましょう。神殿御用達にするのは……さすがに私の一存で決められるものではないので」
ようやく、まともに会話ができるようになった。しかも俺にとって、かなりいい条件を認めてくれた。
「ありがとうございます」
「……ただ」
「ただ? あ、そうですね。神殿を、神路様を経由するから、ロイヤリティを渡すべきですね。紹介してもらう商人にも渡すとなれば……」
俺の手元には、どれぐらい残るだろうか。計算しようにも、情報が足りなすぎた。
「いえ、そういうことではなく。お金はいりません。その代わり……それを、私に売ってください」
それ、と言いながら、俺が壊そうとしていたブローチを視線で示す。今さらなんだ。そんな気持ちもあったが、買うという言葉に気持ちを押し込める。
「……別に好意を抱いてほしくはないのですが、買ってくださるというのなら断るわけありません。……そうなると、神路様がお客様第一号ですね」
買ってくれるのなら、何よりだ。本当はプレゼントするつもりだったけど、買うと言うのなら止めない。
「……お客様、第一号……」
「はい。あ、でも値段設定が分からないから、どのぐらいがいいですかね」
材料費ぐらいはほしい。そう思って布ごと差し出せば、神路は慎重に受け取る。
「とりあえずは、このぐらいでどうでしょうか」
「!?」
そして代わりに、手のひらいっぱいの金貨を渡された。
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