第3話 この国のトップ
神路と毎日会うことになり、俺の気持ちはだだ下がりだった。監視されているのも変わらない。ストレスで胃に穴があきそうだ。
むしろ穴があけば、部屋にずっとこもっていられるだろうか。それも魅力的に感じる。
光として仕事は最低限しかやらない俺だが、それでも避けられないものがある。
「陛下に、ご挨拶を申し上げます」
この国のトップである皇帝に、祝福を捧げることだ。
場所は謁見の間。皇帝は階段の上にいて、俺の言葉に耳を傾けている。
「ニホンのますますの発展と、安寧を願い、祝福を捧げます」
週に一度のペースで同じことをしているのだけど、未だに慣れない。ここでは、俺が代わりだと気づかれてはいけない。
祝福なんか出来ないけど、雰囲気でごまかす。こういう時、非現実さを演出するために俺は白と銀色のレースをふんだんに使ったひらひらした服を着せられている。
少しでも何かに引っかかったら、破れてしまいそうだ。細心の注意をはらって動く。
一体いくらぐらいするのだろう。考えるだけで恐ろしい。
皇帝は、もちろん小説の登場人物だ。
名前は
ニホンの実質的なトップで、完璧人間。でも恐ろしい男だ。神路とは別の種類で。
神路が裏から手を回すタイプだとすれば、神威嶽は堂々と手を出すタイプだ。皇帝という立場になるまで、なってからも彼の手は血にまみれていた。
邪魔なものは切り捨て、自分の意にそぐわない行動をとった人間は排除する。それは俺も例外じゃない。
血に染まる前から真っ赤な髪と瞳。短い髪をオールバックにして、野性味のあふれた美形だった。軍服みたいなデザインの服を着ていて、色が黒いのは返り血が目立たないためらしい。恐ろしいことだ。
どうにか機嫌を損ねないように、相手を刺激しないように。俺は気を遣っていた。
祝福を捧げるのに、本当にやりたくないが神威嶽の手に唇で触れる。向こうも嫌そうな顔をしているのは、俺を光として認めていないからだ。力が無いのを、本能的に察しているのかもしれない。
「……陛下にも、祝福を」
いつも言っているのに、言葉に詰まってしまった。微かに手が震える。
それをごまかそうとしたが、その手を強く掴まれた。驚いて反射的に手を引く。でも向こうの力が強くて、全く動かなかった。
「い、いかがなされましたか?」
「……お前、なんだ?」
「なんだ、とは?」
手首を掴まれたまま、尋問のような言葉を投げかけられる。これはまさしく尋問なのかもしれない。掴まれた手首が、折れそうなぐらい痛い。
痛みに顔をしかめる。でも反抗的な態度をとれば、この場で切り捨てられるかもしれない。
ごまかすように笑いながら、俺はどうすれば抜け出せるのかと頭を回転させる。
向こうも明確な理由が分かっていないのか、鬼みたいな恐ろしい表情を浮かべながらも、どこか困っているようにも見えた。
「陛下、何かございましたか?」
場に同席していた神路が、俺に助け舟を出してくれる。さすがに他の人と同じに、切り捨てられたら困る存在だからだろう。
代わりを今から見つけるとなれば、かなりの労力がかかる。俺ほどの適任を見つけるのも、きっと大変だ。それなら助ける方を選ぶ。当然の流れだった。
神威嶽はしばらくは手を離さず、俺を観察していた。とりあえず神路を真似して作り笑いを浮かべていれば、舌打ちとともに解放される。
気が変わらないうちにと、掴まれない位置まで下がる。手首を見た。すでに赤くなっている。時間が経てば、さらに色が変わりそうだ。早く冷やしたい。
この場では、神路の傍にいるのが一番か。俺はそちらに近づき、盾になってもらおうと後ろに隠れた。
「祝福は滞りなく終わりましたので、私達はこれで失礼致します」
良かった。このまま置いてかれることも無さそうだ。俺は隠れて見えないから、ほっと胸を撫で下ろした。
「……おい」
安心するのは、まだ早かった。素直に帰してくれる相手じゃないと知っていたのに。
そっと神路の後ろから、顔を覗かせる。
強い視線が突き刺さり、とりあえず笑っておく。顔が引きつってしまったけど、距離があるから見えないだろう。
「……はい、なんでしょう?」
せっかく気を遣って聞き返したのに、嫌そうに表情が歪んだ。俺だって話をしたくない。
「お前……いや、いい。さっさと消えろ」
呼び止めたのも関わらず、消えろとはどういうことだ。あまりの傍若無人ぶりに、思わず呆れが顔に出てしまった。
慌てて隠れたけど、もしかしたら見られたかもしれない。
また何かを言われるのではないかと覚悟していたが、もう引き止めてはこなかった。運良く見られなかったようだ。
「それでは、失礼致します。また来週も、この時間に」
そうだ。ここで乗り切っても、また来週も同じ時間が待っている。神路がいるとはいえ、本気で神威嶽が排除するとなれば止めない気がする。俺の立ち位置は、それぐらい低い。
早くお役目を終わらせたい。俺はため息を飲み込んで、頭を下げて神路とともに部屋から出た。
背中に視線が突き刺さったけど、絶対に振り返らなかった。
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