第2話 俺を引き連れた男
さすがにここまでされれば、注意しに来るのか。
どこか他人事のように思いながら、現れた人物に視線を向ける。
今日も相変わらず、うさんくさい笑顔を貼り付けている。ずっとしていて疲れないのだろうか。まるで仮面みたいだ。
「か、神路様」
同情するぐらい顔を青ざめさせた、名前も知らないせ世話係は、慌てて胸ぐらを掴んでいた手を離した。
どうにかしてごまかしたみたいだが、完全に手遅れだった。
「こ、これは違うんです」
「違う? 何がですか?」
笑顔なのに圧がある。その圧を間近に感じて、世話係の足は立っていられないほど震えている。
でも、それを俺以上に冷めた目で見た。
神殿の最高責任者であり、俺を代わりの光だと知っている唯一の人物。ここに連れて来た当事者だ。
空みたいな髪は腰まであり、緩く一つにまとめられている。瞳は金色。真っ白な礼服に身を包んでいて、隙を見せたことがない。
でも主人公に対しては違う。最初は光として接していたが、段々と彼自身に好意を寄せるようになる。
そして、かけがえのない存在になるのだ。全てを捧げてもいいほど。
神路は、俺に対していつも素っ気ない対応だ。事務的な会話しかしない。
監視カメラで様子を窺いながらも、俺が世話係に雑に扱われていても見て見ぬふりをしていた。
多分、便利な道具としてしか見ていない。
だから、こうして壊される可能性がある時だけ来るのだ。
「あなたは今、光に危害を加えようとしましたね。それが大罪だというのは……まさか分かっていますよね」
「も、申し訳ありませんっ。でも私はっ」
「……連れていきなさい」
たった一言、それだけでどこからともなく数人の護衛が現れた。そして、世話係の体を拘束する。
「神路様っ!」
「気安く私の名を呼ばないでください」
すがりつくが、慈悲を見せたりはしなかった。引きずられていく世話係の姿が、未来の自分と重なった。
俺も反抗した態度をとれば、ああやって牢獄に連れていかれるのだろう。気をつけなければ。
「大丈夫でしたか? 怪我は?」
「……平気です」
心配してくるが、本心ではない。ただ、流れで言っただけだ。
だから、当たり障りのない返しをする。
「本当ですか?」
いつもならすぐにいなくなるくせに、何故か今日はしつこかった。見透かされているみたいで、居心地が悪い。
「本当です。ただ掴まれただけですから、あの人を重い刑にはしないでください」
結局、名前を聞けなかった。嫌なことばかりされていたけど、俺のせいで酷い目に遭わされたとなれば夢見が悪い。
一応、嘆願してみる。
「……未遂とはいえ、一歩間違えればどうなっていたか分かりません。あなたが傷ついてからでは遅いのです」
本物が現れるまでの話だ。そうなれば、俺がどうなろうと構わないくせに。心配の色など一切ない瞳に、俺は聖になりきるために微笑んだ。
「心配していただき、ありがとうございます」
自分では上手くやったつもりなのに、どこか駄目なところがあったらしい。俺を見る目に険しさが含まれた。
「最近、どうして私のところに来ないのでしょうか」
「え?」
「前は、毎日のように祈りに来ていたでしょう」
できる限り聖と同じ行動をとるように気をつけていたけど、それでもやらなくなった行動がいくつかある。
神路が言う祈りも、その一つだ。
彼と少しでも仲良くなりたくて、代理の光でも役に立つのではないかと無理やり言って、神殿で毎日祈りを捧げていた。
「神路様を煩わせるためにはいきませんので。これからは控えようと思っています」
それに関して、迷惑がっていたのを俺は知っている。止めた方がいいと考えたのは、続ければ命の危険が増すと思ったからだ。神路の機嫌を損ねたくない。
でも、もっとゆっくりと止めれば良かったか。疑われるぐらいならば。
間近で何度も会ったら、ボロが出るかもしれないと心配したのが悪かった。
悪かったと反省はするけど、また再開するつもりはない。今は俺も、祈りの時間がストレスになるからだ。もうやるつもりはないと、はっきりと宣言しておく。
「……俺が祈ったところで、この国に貢献できないと痛感しましたから」
こう言えば、踏み込んでこないはずだ。俺に何も力がないのを、俺以上に分かっているのだから。
「そうですか。分かりました」
やはり踏み込まずに諦めた。良かった。
神路と話をするのが、一番精神的に疲れる。一番近くにいるからこそ、バレるリスクが高いせいだ。
祈りを回避出来て、心の中で胸を撫で下ろす。こうやって、少しでも会う機会を減らそう。本当は監視カメラも取り外したいけど、それは望みすぎだ。
本物が現れるまでには、まだ時間がある。ゆっくり消える準備を始めればいい。
そう計画を脳内で立てていると、神路が一歩近づいてきた。いなくなるなら分かるが、何故近づいてくるんだ。顔には出さないが困惑する。
「それなら、私がここに来るようにしましょう」
「え」
「毎日、話をしに来ます。構いませんね?」
あと少しで、嫌だと本音が口から出そうになった。何とかこらえたが、断りたいに決まっている。
でも、神路の笑顔から圧を感じた。
「……はい。喜んで」
頷くしか無かった。結局、毎日顔を合わせるのは変わらない。
これなら祈りの方が、まだマシだったんじゃないか。そう思ったけど、もう手遅れだった。
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