第2話 俺を引き連れた男




 さすがにここまでされれば、注意しに来るのか。

 どこか他人事のように思いながら、現れた人物に視線を向ける。


 今日も相変わらず、うさんくさい笑顔を貼り付けている。ずっとしていて疲れないのだろうか。まるで仮面みたいだ。


「か、神路様」


 同情するぐらい顔を青ざめさせた、名前も知らないせ世話係は、慌てて胸ぐらを掴んでいた手を離した。

 どうにかしてごまかしたみたいだが、完全に手遅れだった。


「こ、これは違うんです」


「違う? 何がですか?」


 笑顔なのに圧がある。その圧を間近に感じて、世話係の足は立っていられないほど震えている。

 でも、それを俺以上に冷めた目で見た。


 神路かみじ祈織いのり、24歳。

 神殿の最高責任者であり、俺を代わりの光だと知っている唯一の人物。ここに連れて来た当事者だ。

 空みたいな髪は腰まであり、緩く一つにまとめられている。瞳は金色。真っ白な礼服に身を包んでいて、隙を見せたことがない。


 でも主人公に対しては違う。最初は光として接していたが、段々と彼自身に好意を寄せるようになる。

 そして、かけがえのない存在になるのだ。全てを捧げてもいいほど。


 神路は、俺に対していつも素っ気ない対応だ。事務的な会話しかしない。

 監視カメラで様子を窺いながらも、俺が世話係に雑に扱われていても見て見ぬふりをしていた。

 多分、便利な道具としてしか見ていない。


 だから、こうして壊される可能性がある時だけ来るのだ。


「あなたは今、光に危害を加えようとしましたね。それが大罪だというのは……まさか分かっていますよね」


「も、申し訳ありませんっ。でも私はっ」


「……連れていきなさい」


 たった一言、それだけでどこからともなく数人の護衛が現れた。そして、世話係の体を拘束する。


「神路様っ!」


「気安く私の名を呼ばないでください」


 すがりつくが、慈悲を見せたりはしなかった。引きずられていく世話係の姿が、未来の自分と重なった。

 俺も反抗した態度をとれば、ああやって牢獄に連れていかれるのだろう。気をつけなければ。


「大丈夫でしたか? 怪我は?」


「……平気です」


 心配してくるが、本心ではない。ただ、流れで言っただけだ。

 だから、当たり障りのない返しをする。


「本当ですか?」


 いつもならすぐにいなくなるくせに、何故か今日はしつこかった。見透かされているみたいで、居心地が悪い。


「本当です。ただ掴まれただけですから、あの人を重い刑にはしないでください」


 結局、名前を聞けなかった。嫌なことばかりされていたけど、俺のせいで酷い目に遭わされたとなれば夢見が悪い。

 一応、嘆願してみる。


「……未遂とはいえ、一歩間違えればどうなっていたか分かりません。あなたが傷ついてからでは遅いのです」


 本物が現れるまでの話だ。そうなれば、俺がどうなろうと構わないくせに。心配の色など一切ない瞳に、俺は聖になりきるために微笑んだ。


「心配していただき、ありがとうございます」


 自分では上手くやったつもりなのに、どこか駄目なところがあったらしい。俺を見る目に険しさが含まれた。


「最近、どうして私のところに来ないのでしょうか」


「え?」


「前は、毎日のように祈りに来ていたでしょう」


 できる限り聖と同じ行動をとるように気をつけていたけど、それでもやらなくなった行動がいくつかある。

 神路が言う祈りも、その一つだ。

 彼と少しでも仲良くなりたくて、代理の光でも役に立つのではないかと無理やり言って、神殿で毎日祈りを捧げていた。


「神路様を煩わせるためにはいきませんので。これからは控えようと思っています」


 それに関して、迷惑がっていたのを俺は知っている。止めた方がいいと考えたのは、続ければ命の危険が増すと思ったからだ。神路の機嫌を損ねたくない。


 でも、もっとゆっくりと止めれば良かったか。疑われるぐらいならば。

 間近で何度も会ったら、ボロが出るかもしれないと心配したのが悪かった。


 悪かったと反省はするけど、また再開するつもりはない。今は俺も、祈りの時間がストレスになるからだ。もうやるつもりはないと、はっきりと宣言しておく。


「……俺が祈ったところで、この国に貢献できないと痛感しましたから」


 こう言えば、踏み込んでこないはずだ。俺に何も力がないのを、俺以上に分かっているのだから。


「そうですか。分かりました」


 やはり踏み込まずに諦めた。良かった。

 神路と話をするのが、一番精神的に疲れる。一番近くにいるからこそ、バレるリスクが高いせいだ。


 祈りを回避出来て、心の中で胸を撫で下ろす。こうやって、少しでも会う機会を減らそう。本当は監視カメラも取り外したいけど、それは望みすぎだ。


 本物が現れるまでには、まだ時間がある。ゆっくり消える準備を始めればいい。

 そう計画を脳内で立てていると、神路が一歩近づいてきた。いなくなるなら分かるが、何故近づいてくるんだ。顔には出さないが困惑する。


「それなら、私がここに来るようにしましょう」


「え」


「毎日、話をしに来ます。構いませんね?」


 あと少しで、嫌だと本音が口から出そうになった。何とかこらえたが、断りたいに決まっている。

 でも、神路の笑顔から圧を感じた。


「……はい。喜んで」


 頷くしか無かった。結局、毎日顔を合わせるのは変わらない。

 これなら祈りの方が、まだマシだったんじゃないか。そう思ったけど、もう手遅れだった。




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