だから俺は偽者なんだ!

瀬川

第1話 気づいてしまった事実




 ずっと、ここにはいられない。

 俺は、本物が来るまでのつなぎなのだから。

 そう分かった途端、やるべきことが見えてきた。


 この世界が小説の中だと気がつき、そして自分はこのままだと逮捕される運命だと知った。

 朝霞あさかひじり。16歳。

 BL小説の登場人物だ。そして現在の俺。小説の名前は覚えていない。それを読んでいた記憶はあるのだが、ところどころ抜けている。題名を思い出せないのも、きっとそのせいだろう。


 でも大事なことは覚えている。

 自分がどんな役割で、そしてどんな運命を辿るのか。それを覚えていなければ、ただ破滅に向かうところだった。


 この小説は、ニホンという架空の国が舞台だ。女性は存在せず、国を統治している男達と、彼らに愛される青年の物語。


 光と呼ばれる存在は、国を発展させる。それが主人公である青年だった。存在だけで愛されるのは確定しているのに、更には分け隔てない優しさと正義感で、どんどん執着されていく。

 みんなに愛されて、そして国を発展させていくのだ。全員に愛されて、物語はハッピーエンドで終わる。



 聖は、その中でただ一人ハッピーエンドを迎えられなかった登場人物だ。

 主人公が現れるまで、国民を落ち着かせるために、代わりの光が必要だった。暴走を防ぐため、統治に文句を言わせないため。傀儡が必要だった。


 そこで選ばれたのが、聖だったのだ。

 聖は容姿だけなら、光と言われても納得出来るぐらいに美しかった。生まれつき銀髪、紫の瞳。一流の職人が手がけたような、パーツが完璧に配置された顔。選ばれるのも納得だった。


 聖が偽物だと知っているのは、主人公が現れるまでは、たったの一人。

 でも現れてからは、用無しになる。偽物も代わりも必要ない。当然のことだ。


 代わりを務めた分の大金をもらって、そのまま満足すれば良かった。それなのに聖は満足しなかった。いつか自分が愛してもらえるんじゃないかと、そう期待してしまった。


 だから、主人公に害をなそうとして失敗し、そのまま逮捕された。

 光を傷つけようとしたのだ。重罪である。

 聖は終身刑を言い渡され、暗くて寒い牢獄の中で一人、孤独に苦しみながら衰弱して死んだ。



 つまり、欲を出さなければ死ぬことは無い。代わりを真面目に務めて、本物が現れたら金をもらって静かに消えればいいのだ。


 希望が見えてきた。

 静かに謙虚に生きる。それを目標にすることにした。

 聖が俺になったのには、きっと意味がある。変わるのだ。生き方を、結末を。



 ◇◇◇



 代わりの光として、俺はたくさんの仕事をしているわけじゃない。ただの偽物だからだ。

 ぼろを出さないようにと、本物が現れた時にすぐに入れ替われるためである。


 お飾りの光。そういう声も上がっている。

 でも声を対処したりはしない。別に声が上がったところで構わないからだ。

 俺の評判がどうなろうと、どうでもいい。だから、どんどんヘイトが溜まっていた。


 これも、その影響だ。


「あの。光って言うけど、その力を見せてくださいよ。あんた、そういうのを見せたことがないですよね。本物なんですか?」


 誰だろう。俺を世話する係だと思うが、顔も名前も知らない。おそらく新人か。


 光として俺には、神殿の大きな部屋の一つが与えられている。

 決して大事にされているからではない。むしろ逆だ。

 俺が逃げないように、変なことをしないように、監視するのが目的である。


 広すぎる部屋、豪華すぎる家具、それを一人では管理しきれない。だから、掃除や食事などの世話する係が必要になる。


 その人達は入れ替わりは激しい。早い人だと、次の日にはいなくなっている。気を許せる人はいない。

 それが目的なのだろうけど。


 光としてあまり仕事をしていないことと、どこか雑な扱いを受けているせいで、周りの人は俺を下に見ている。


 これまでは直接何かをしてくることは無かったが、掃除がいい加減だったり、運んでくる食事がぐちゃぐちゃにされていたり、物を盗まれたりしていた。


 聖は負い目と、もめ事を起こせば捨てられるのではないかという恐怖から、報告することが出来なかった。

 でも、俺は違う。

 それに直接馬鹿にされていて、何もしない方が面倒になる。余計に待遇を悪くするだけだ。


「図星で何も言えないんですか?」


「黙れ」


「はっ!?」


 低い声で黙れと言っただけで、怯んでいる。弱い。

 まさか、俺が反抗しないとでも思っていたのだろうか。それは、かなり馬鹿にしている。


「名前は?」


「へ」


「名前。入ったばかりだから、あんたの名前を知らない。だから教えろ」


 事実を伝えただけなのに、信じられないといった顔で固まっている。覚えてもらえるとでも思ったのか。色々としておいて。

 それはかなり自信過剰だ。呆れてしまう。


「わ、私はもう半年も仕えているんです。それなのに、名前を知らないですって?」


 半年か。多少は長い方だ。

 でも知らないものは知らない。


 冷めた目で見ていると、馬鹿にされていると勘違いしたようで、胸ぐらに掴みかかってきた。

 他に誰もいないから、こんな行動をとったのだろう。そうでなければ、さすがに出来ないはずだ。


 でも残念。考えが足りない。

 俺はため息を吐いた。


「何、余裕そうな顔をしているんですか」


「ここで、何をしているのでしょうか」


「!?」


 第三者の登場に、世話係は驚いて目を見開く。

 どうしてここに、とか。いつの間に、とか。そんなことを考えているのだろう。


 でも、絶対に答えは出ないはずだ。

 俺の部屋に監視カメラが設置されているから、だなんて思い浮かぶわけがない。





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