第25話 天職検査で夫婦と出たのだから試す必要がない
今日は最高の一日だった。
生まれて初めて全身エステを受けて、オシャレな美容室で髪を切ってもらって、セレブ御用達の最高級ブティックでとびきりにかわいいお洋服を買ってもらって。
でも最高なのは、大変身をしたそのことだけじゃない。
先生はわたしを丁寧に扱ってくれた。初めてハイヒールを履いたわたしのために腕を貸してくれて、ゆっくりと歩いてくれて、さりげなくお店を変えてくれて。超大金持ちの先生なら、ジャングルレストランでお金を出すことができた。でも、自分が出そうか? とは言わなかった。お昼を奢りたいわたしの気持ちを尊重してくれた。その思いやりがとても嬉しかった。
今日で春休みは終わり。夕方、わたしと先生は湖畔を散歩した。
お試し妻体験はこの先どうなるのか尋ねると、「好きなだけ妻でいたらいいんじゃないか?」と先生はそっけない口調で答えた。
好きなだけということは……。裏を返せば、わたしが今日でお試し妻をやめます。と言えば、先生は了承するの?
そう考えたら、鼻の奥がツンと痛くなった。泣きたくなった。
湖の水が、ぽちゃんぽちゃん。と岸に寄せる。その音の響きがもつ寂寥感。暮れゆく光がもたらす孤独感。
夕暮れの湖がもたらした寂しさのせいだと思う。嘘をつきたくなった。意地を張って、先生を困らせたくなった。
わたしは歩くのをやめ、うつむいた。
「今日でお試し妻やめる。生徒と先生の関係でいい。でも先生が……お試し夫婦を続けたいって言うなら、続けてもいい」
握った手。その指先は冷たい。
肌寒い夕方の風が、うつむくわたしの耳に先生の声を届けた。
「ブティックからの荷物が、明日の午後届く。妻のために買ったものだ。今日でお試し妻をやめると言うなら、全部返品する」
「意地悪ですね。じゃあ、あさって、お試し妻やめます」
「そうか。では、あさって。クローゼットに鍵をかけて開けられないようにする」
「なんでぇ⁉︎」
「妻のために買ったものだからだ。妻以外の人に着てもらいたくない」
「むふー。じゃあ、もらっちゃう! 明日の夜にクローゼットからぜーんぶ出して、わたしのものにしちゃう!」
「クローゼットから出してどこに置くのだ? バザーでも開くつもりか?」
「あ……」
プール付きの大豪邸が買えるほどの品物をどこに置けばいいというのだ。
上目遣いにちらっと見ると、先生は不敵に笑った。
「お試し夫婦を続けるか、やめるか。好きなほうを選んでいい。君の気持ちを尊重する」
「……続ける」
悔しいーーっ!!
お試し夫婦を続けたいって、先生に言わせたかったのに。わたしが言ってどうするの!
はらわたが煮えくり返って、先生をポカポカ叩く。
それでも負けた悔しさがおさまらなくて、先生の胸元に頭をぐりぐりと押しつけた。
「うりゃうりゃー!」
「甘えているようにしか見えないのだが」
「違う。これは頭ぐりぐり攻撃!」
湖の水が、ぽちゃんぽちゃん。と岸に打ちつける。さきほどはその音の響きを物悲しく感じた。けれど今は、水が遊んでいる軽やかなリズムに聞こえるから不思議。
暮れゆく光と肌寒い春風ももう、わたしを寂しくさせない。先生と距離を詰めるお手伝いをしてくれる。
わたしたちは肩がふれ合う距離で散歩を続ける。
「そういえば先生は、妻って言うね。どうしてお試しをつけないの?」
わたしはお試し妻、お試し夫と言っているのに……。
「別に意味はない」
「ふーん」
「だが強いて言えば……」
湖畔を一周して、玄関ポーチに戻ってきた。穏やかな色をした玄関照明が先生の横顔を照らす。
「試す必要がないからだ」
「どういうこと?」
「天職検査で夫婦と出たのだから、試す必要がない」
「ああ、わたしの話ね。天職検査に間違いはないって、検査官のおじさんが言っていたもんね」
先生の眉がピクッと動いた。でも、なにも言わずに別荘の中に入ってしまった。
「ずれたことを言っちゃったかな?」
わたしも後に続いて別荘に入りながら、首をひねった。
夜。ベッドにもぐって、おかしなことに気づいた。
「あれ? おじさん検査官から、ユガリノスさんの妻です。って言われたはず。夫婦とは、言われていないんだけど……」
◇◇◇
庁舎のサイレンが鳴り響く。音声機器が壊れたのか、庁舎のスピーカーが延々と同じ言葉を流す。
「ゲロッチョ星人襲来。ゲロッチョ星人襲来。第三星雲からゲロッチョ星人が襲来。直ちに避難せよ。ゲロッチョ星人襲来。ゲロッチョ星人襲来。第三星雲からゲロッチョ星人が襲来。直ちに避難せよ……」
意味不明だったゲロッチョ。まさか、第三星雲に住む宇宙人の名前だったなんてびっくり!
空を覆う巨大な宇宙船から、大量のゲロッチョ星人が降りてきた。
頭は三角。胴体は四角。手足は円筒形。積み木を組み合わせたようなゲロッチョ星人。
彼らには人間と意思疎通する気はなかった。降りてくるなり、人間を襲った。
世界的大富豪シュリミアグループのご令嬢、ノアナ。
花柄のワンピースと五センチのラメ入りハイヒールで逃げ惑う。だが、素早い動きのゲロッチョ星人が行く手を阻み、ノアナは悲鳴をあげた。
「きゃあーーっ!!」
「お嬢様っ!」
ノアナお嬢様の警護にあたっているユガリノスが銃でゲロッチョ星人を撃ち、ノアナをお姫様抱っこした。
「建物に入りましょう!」
次々に襲いかかってくるゲロッチョ星人を、銃や足蹴りで倒していくユガリノス。
建物に入ると、ノアナを下ろし、ユガリノスは銃を構えた。
「俺がお嬢様を全力で守ります」
「……前から聞きたかったのだけれど、わたしのことをどう思っているの?」
「守るべき、大切な方だと思っています」
「大富豪の娘だから? それとも……。お願い。あなたの本当の気持ちを聞かせて」
「……お嬢様は料理が下手です。なんでも黒焦げにしてしまう。愛情が強すぎるのです。お嬢様の黒焦げ料理を食べるために、俺は魔法を使って胃を強化しました。お嬢様の手作り料理を食べるのは、俺だけがいい。胃袋をお嬢様の愛情で満たしたい」
「ユガリノス……」
——ピピピピピピピピピ……。
なんだかとってもいい雰囲気。付き合っちゃう? でも、わたしは生徒であなたは先生。だめだよね。でも……こっそりと……。
秘密の関係をはじめちゃう?
—— ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……。
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