第45話 好き好き大作戦!

 突然姿を現した先生に驚いたらしく、ボディーガード二人の腕の力が抜けた。わたしはボディーガードの腕を払うと、先生のもとに駆け寄ろうとした。

 だが、ためらいが生じる。


(先生に守ってもらうばかりじゃ、きっとダメなんだ。自分でピンチを乗り越えないと!!)


 ようやく先生に会えた。すぐにでも飛びつきたいけれど、思考がそれを押しとどめる。

 先生に近づくために転入してきたルキーマ。彼はわたしと先生が親しくしているのを知って、わたしにプロポーズをした。わたしから先生の情報を引き出すために。そしてわたしは爆発事故に遭った。

 先生はわたしを守るために離れる決断をした。感情的には納得できないけれど、責任を感じたその気持ちは理解できる。わたしだって、もしルーチェがわたしのせいで危ない目に遭ったら、友達でいるのをためらってしまう。

 だったらわたしは、守ってほしいと頼むのではなく、危険を脱出できる力が自分にあることを示したい。


 大きく深呼吸した後にすんと鼻を啜ると、先生を力強く見つめた。


「ルーレットで負けて、皿洗いをすることになってしまいました。でも、もう一回挑戦します! 今度こそ負けない。勝って、先生と一緒に家に帰ります!!」


 目を丸くする先生。そばに立つトリコゼーノが「え? えぇ? 二人ってどういう関係⁉︎」と慌てているが、無視する。


「トリコゼーノ。退院祝いってことで、コインをちょうだい」

「い、いいけど……。ノアナ、さっき、妻が大ピンチですって叫んでなかったか? どういう意味……」

「細かいことは気にしなくていいから、コインちょうだい」


 トリコゼーノからコインを受け取ると、ルーレット台の前にある丸椅子に座った。青年ディーラーに微笑みかける。


「赤に賭けます。空気を読んでちょうだい!」

「ふふっ。困ったお嬢さんですね。インチキはしませんよ。私はルーレットを動かすだけの人間なので」


 青年ディーラーはにこやかに笑うと、綺麗な所作で円盤を回し、ボールを投げ入れた。

 ぐるぐると回る白球の動きを息を呑んで見守る。ボールはポケットにストンと落ちた。


 ——赤。


「やったぁ! 先生、見た⁉︎ 勝ったよ! わたし、ピンチを脱出したよ!!」


 先生に飛びつくと、背中に腕を回してぎゅっと力を込める。先生は無臭なのだけれど、その匂いのしない匂いを肺一杯に吸い込む。


「危ない目に遭っても大丈夫だよ。だから、一緒にいてもいいでしょう?」

「ノアナ……。君はまだ十七歳だ。いくらでも人生を選ぶことができる。十歳も年上の暗い過去を持つ男のために、苦労することはない」

「自分の意思で人生を選べばいいんでしょう。だったら、決めた。先生の妻になる!!」


 甘える猫みたいに、先生の胸に頭をグリグリと押しつける。先生はわたしの後頭部に手を添えて包み込んでくれた。


「その選択でいいのか……?」

「うん! 後悔しない。だって、先生を忘れるなんて無理だもん。ベルシュパンは美味しいけれど、わたしは先生の作ってくれるパンのほうが好き」

「そうか……」


 トリコゼーノが遠慮がちに声をあげる。


「あのー……。二人はどのような関係で……」


 先生に抱きついたまま、顔だけをトリコゼーノに向ける。

 アフターフォローをするのも妻の役目。わたしたちの関係を話さないよう、トリコゼーノを脅さなければならない。


「わたしと先生が仲良いことをバラしたら、プロテインをチョコレートドリンクに。鳥のささみをフライドポテトに。トレーニングマシーンを洋服掛けに変えちゃうからね。彼女のミーナに、トリコゼーノの筋肉は偽物だって吹き込む!」

「やめてくれ! 俺の筋肉を偽物扱いするなっ!!」

「だったら、わたしたちのことは忘れて。もし約束を破ったら、ヘボ勇者だって噂を流す。女子高生の拡散力の恐ろしさを知るがいい。うひひっ!」

「だぁーっ!! ノアナ、やめてくれぇ。絶対に話さない。忘れる。……っていうか、なんでノアナここにいるんだよ。その人誰? お兄さん?」


 眉根を寄せ、とぼけた顔をするトリコゼーノ。記憶喪失の演技をすることにしたらしい。

 爆笑するわたし。先生は青年ディーラーに「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。なんと、このカジノはトリコゼーノの親が経営しており、青年ディーラーはトリコゼーノのお兄さんだった。

 わたしをピンチにさせるために協力してくれた、トリコゼーノとお兄さん。わたしは二人に感謝をして、カジノを出たのだった。

 



 カジノを出たその足で、わたしと先生は噴水広場へとやってきた。夜八時を過ぎた噴水広場は、家族連れの多い日中とは違って、恋人や酔っ払いが多い。

 空いている石のベンチに座る。

 まわりにいる恋人らと違って、わたしと先生は体を寄せ合うことはしないし、手を繋ぐこともしない。すぐ近くにいるのに、遠い。

 仕方ないと思う。わたしは生徒で、先生は教師。夜八時に一緒にいること自体、不自然。

 だけどわたしは校則破りの常習者だから。劣等生だから。規則や道徳や年の差を超えることに迷いはない。

 

「先生って、本当に心が読めるんですか?」

「ああ……すまない。そのような魔法の能力があるのだが、しかしもう二度と誰の心も読まないと、誓う」

「困る。だって、心を読んでほしいんだもん。先生、わたしの心を読んで」

「だが……」

「心を読んで」


 先生の視線がさまよう。わたしは待った。

 先生は観念したようにため息をつくと、「本当に読んでもいいんだな?」と確かめた。わたしは深く頷く。

 心を、想いでいっぱいにする。


(先生、やっほー!! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き……!!)


「ノ、ノアナ。これはっ!」


(好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き……!!)


「わかった、もうわかったから!!」


(大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き……!!)


「わかったわかった! 君の気持ちは十分に伝わった。ありがとう!」


 先生が心を読めるのは本当らしい。耳が真っ赤になっている。


(あ、先生、照れている。かわいいっ!)


「……心を読むのをやめてもいいだろうか? これ以上は耐えられないのだが……」


 先生のこと、かわいいって思ったのがバレちゃった!

 ちょっとこれは恥ずかしい。今度はわたしが照れる番。



 

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