第44話 行き先は、天国か地獄か
トリコゼーノはカジノによく来ているらしい。なんと、顔パスで入ることができた。
「勇者のくせに不良だね」
「違う。勇者だからこそ、カジノの常連なんだ。カジノのコイン交換所でしか手に入らない剣や盾や兜がある」
トリコゼーノが重厚な扉を開けると、扉の向こうから、香りのついた暖かな風が吹いてきた。
扉の向こうに広がっていたのは、夜空の星よりも輝いている煌びやかな世界。香水の混じり合った匂いと熱気に、頭がクラクラする。
「すごい! なんてゴージャスな世界!!」
質量のある眩いシャンデリアが天井からいくつも垂れ下がっており、そのシャンデリアの煌めきが、ルーレットやスロットやトランプ台を派手に輝かせている。
集う客たちはいかにも上流階級といった装い。男性はタキシード。女性は露出度の高いドレスを着ている。
「こ、ここ、こここ、わたし、ここ、ここにいてもいいの⁉︎」
「ニワトリの鳴き真似みたいになっているぞ」
トリコゼーノは迷いのない足取りでコイン両替所に向かうと、お金をカジノ用コインに替え、わたしにコイン十枚が入ったカップを寄越した。
「とりあえず十枚やってみよう。ノアナは奇跡の人だ。もしかしたら、カジノでも奇跡を起こすかもしれない。ははっ!」
「笑いながら言うのやめて。信じていないでしょう」
「あははっ! だってノアナって、他力本願って顔をしているんだよなぁ」
「それってどういう顔よ! 受けて立とうじゃないの。奇跡の人ノアナの実力を見せてやる!」
わたしは腕まくりをすると、近くにあるスロット台に向かった。トリコゼーノにやり方を教わる。
気合を入れてボタンを押してみたものの、あっけなく三回とも外れて、コインは七枚になった。
「スロットは合わないみたい。別なのにする」
ポーカーとバカラに挑戦する。全集中、全気合!!
だがここでもあっけなく全敗して、コインがすべてなくなってしまった。
「あははっ! やはりノアナは奇跡の人ではなかったか。村娘ノアナにカジノは無理だったな。村に戻って大根でも作っていなさい」
「むっきー! 悔しいぃー!!」
カジノスタッフが寄ってきて、トリコゼーノの耳になにかを吹き込んだ。頷く、トリコゼーノ。
「村娘ノアナ。ここには特別なカジノがある。通常の人は入れない、裏カジノと呼ばれる場所だ。行ってみないか?」
「裏カジノ? なにそれ?」
「俺についてこい」
裏カジノってなに? カジノの裏というと……事務所とか更衣室?
わたしは首を傾げながら、トリコゼーノについていった。
奥の部屋に入る。すると、それまで聞こえていた人々のざわめきと音楽が消えた。防音性の高い部屋らしい。
部屋を見回してギョッとする。部屋の隅に、黒服の男が二人いる。どちらも屈強な体つきをしており、サングラスをかけている。
殺し屋の雰囲気が漂う二人に、わたしはトリコゼーノの腕を掴んだ。
「あの人たち、やばくない?」
「彼らはボディーガード。暴れたり、不正を働いた者を捕まえるのが仕事だ。さて、村娘ノアナ。コインを一枚やる。特別なルーレットで遊ぶぞ」
「ルーレットなら、さっきの部屋にもあったよ」
表カジノは多くの客で賑わっているというのに、裏カジノにはわたしとトリコゼーノ。それと、カジノスタッフとボディガードしかいない。
心細さと不安が募る。
「帰りたい」
「ピンチになりたいんだろう?」
「そうだけど……。ルーレットをやると、ピンチになるの?」
「村娘ノアナは純真だな。カジノの怖さを知らないとは……。ひとりでカジノに来ちゃダメだぞ」
トリコゼーノに背中を押され、ルーレット台の椅子に座る。青年ディーラーが、にこやかに挨拶を述べる。
「ようこそ、裏カジノへ。お嬢さんは勇気がおありですね。ここは一発逆転を夢見る者たちが集う場所。行き先は、天国か地獄か。それはお嬢さんの運次第。これからルーレットを回します。赤と黒。どちらにボールが落ちるか当ててください」
「赤か黒の二択でいいの?」
「お嬢さんは初心者ですから、二択といたしましょう。勝てば、コインが一千倍になります」
「一千倍⁉︎ 一枚のコインが千枚になるっていうこと?」
「はい」
なんておいしい話!
わたしはルーレットをやることに決め、一分ほど悩んだ末に赤に賭けた。
「お願い、当たって!!」
「盤を回します」
回るルーレット。ボールが投入され、コロコロと転がっていく。
ボールが落ちたのは——。
黒。
「ぎゃあー! ハズレたぁぁーっ!!」
「ははっ! 村娘から降格だな。山娘ノアナと呼んであげよう」
トリコゼーノが豪快に笑いながら、わたしの肩を叩いた。
青年ディーラーからにこやかな微笑が消え、唇を奇妙に歪めた不穏な表情へと変わった。
「天はお嬢さんを見放したようです。向かうは地獄。カジノの台所で皿洗いをしていただきます。……永久に」
「永久に⁉︎」
「生きてはここから出られない。出るときは、死んだとき」
「はわわわわーっ! 嘘でしょう⁉︎ 嘘って言って!」
「嘘だと言ってあげてもいいですが、皿洗いする事実は変わりませんよ。……おまえたち、この女を連れて行け」
青年ディーラーに指示されて、屈強なボディーガードが動く。逃げようとしたが、ボディーガード二人に左右を挟まれる形で拘束されてしまった。
「トリコゼーノ、助けてっ!!」
「お望み通りの大ピンチだな」
「はっ!! そうだ。大ピンチだっ!」
わたしは深く息を吸うと、喉がひりつくぐらいの大声を張りあげた。
「先生、助けてぇーーっ! 妻が大ピンチですーーっ!!」
「まったく、君っていう子は……。行動予測ができなくて、ハラハラする」
呆れている声とともに部屋に姿を現したのは——ユガリノス先生。
魔法を使って、一瞬にして来てくれた。
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