第35話 ジュリサス様の謎
わたしが口を開くより先に、ルキーマが質問を投げてきた。
「じゃあさ、ジュリサスって名前は聞いたことある?」
「うん。見たことある」
「本当に⁉︎」
ルキーマの顔が輝く。未来の夫に喜んでもらえた嬉しさで、わたしはペラペラと話した。母の仕事先の別荘にジュリサス様がいたこと。好きなオーナメントを置いてもいいと言ってくれたこと。
「それ、いつの話?」
「二年前、かな?」
「その後はジュリサスを見た?」
「見ていない。死んだって聞いた」
「誰から聞いたの?」
「ユガリノス先生から」
「ふ〜ん」
ルキーマはわたしの目から視線を逸らすことなく、顎に手を当てて考える顔をした。
「俺もユガリノス先生から、ジュリサスは二年前に死んだと聞かされた。その数年前からジュリサスは人前に現れておらず、死んだという噂が流れてはいた……。ユガリノス先生はジュリサスの遠縁らしい。ジュリサスが亡くなった後、ユガリノス会長の養子となった。そのことは知ってる?」
「知らない」
「君って、ユガリノス先生に全然相手にされていないんだな。街で君と先生が歩いているのを見たからさ、仲が良いんだと思って、君に近づいたんだけど。したくもないプロポーズまでしたのに、これといった情報が得られない。不愉快だよ。謝ってくれる?」
「ごめんなさい……」
「バカに謝られても気が晴れないもんだな。先生の天職が魔法使いなら、姿を変えられるはずなんだ。ジュリサスとユガリノス先生は同一人物ではないかと、俺の父は疑っている。その証拠を掴むために、俺はリクシア国に来た。……ジュリサスは稀代の魔法使いだった。彼ほどの天才は数千年にひとりしか現れないと賛辞されていた。それなのに病気で死んだなんて、納得できない」
——ジュリサス様は二年前に死んだ? ジュリサス様とユガリノス先生は同一人物かもしれない?
母は亡くなる三日前に、「ノアナはひとりじゃない。ジュリサス様が守ってくれる」と言った。
母が亡くなったのは五ヶ月前。二年前に死んだジュリサス様が守ってくれるなんて、話すのはおかしい。
(わたしは守られている。ジュリサス様ではなく、ユガリノス先生に……)
金髪で
黒髪で碧眼。変身しても嫌味な表情は健在のユガリノス先生。
ルキーマに先生が魔法使いだと話してみよう。感謝してくれるだろう。
心のどこかで、話してはダメだと警告音が鳴り響く。けれど、未来の夫の役に立つことがわたしの幸せ。
(話さないといけない話さないといけない話さないといけない話さないといけない……)
未来の夫に失望されたくない。その思いが、わたしの口を割らせる。
「ユガリノス先生は、まほ……」
「こらーっ!! ノアナに手を出すなぁーー!!」
喉奥から絞りだした声は、ルーチェの怒声にかき消えた。
ルーチェの声が耳に入った途端、パチンとなにかが弾けた。頭が真っ白の状態だが、ルキーマから視線を外すことができた。
駆け寄ってきたルーチェとベルシュをぼんやりと見る。
「ノアナ、なんで勝手に帰るのよっ!!」
「あ、ごめん……」
そうだ。なんでわたしはルーチェと帰っていないのだろう? いつだって一緒に帰っているのに……。
記憶を探る。
五組に戻ったとき、ルキーマが寄ってきた。彼と目が合ってわたしは、ひとりで帰らないといけないと、強く思った。
(あれ? ルキーマと目が合うとおかしなことになる? わたし、先生との約束を破ろうとしていた……)
ルーチェはわたしとルキーマの間に割り入った。息が乱れていないルーチェに対し、ベルシュは膝に手を置いてハァハァと肩で息をしている。ルーチェのほうが体力があるらしい。
ルーチェが尖った声でルキーマに尋ねた。
「あなたの天職って、なに?」
「突然どうしたの? まさか、僕に惚れた? 残念だけど、僕にはノアナという素晴らしい女性がいる。直接会って、さらに恋心が加速した。僕は浮気をしない主義でね」
「ダイヤモンドを百個積まれても、あなたに惚れることはないから安心して。でも最初はね、いいなって思ったのよ。砂漠の国の皇子なんて魅力的ですもの。それにあなたって、見た目がいいしね。付き合うのに最高の人だと、胸が高鳴ったわ」
「君って正直だね」
ルキーマは嬉しそうに目を細めると、くすくすと笑った。
ルーチェとの付き合いが長いわたしには、わかる。
(これ、相手の心を自分に引きつける技だぞ。相手を貶した後で、「でも……」と好ましいところを述べる。そうすると相手は、自分の言葉に耳を傾けるようになる)
さすがは、天職が伝説のクレーマー処理係だけある。ルーチェはさりげなく人の心を掴むのがうまい。
「でも、性格は最悪ね。休み時間のたびに机を回っては、生徒ひとりひとりと目を合わせて挨拶をしていた」
「顔と名前を一致させたかったんだ。クラスに馴染もうとする努力を性格が悪いだなんて、君こそ性格が悪いのでは?」
「そうよ。あなたは転入生だから知らないのでしょうけれど、わたしは学校一性格が悪いの。人の粗探しをして喜ぶのが趣味でして」
「へぇー。僕たち気が合うかもね」
ルキーマはわたしの自転車をベルシュに渡すと、体勢を変えてルーチェに向き合った。隠そうともしない好奇心が顔に表れている。
「君の名前は……ルーチェで当たっている?」
「ええ、当たっているわ。あたしの天職を教えてあげる。クレーマー処理係と精神科医と結婚詐欺師と癒しの聖女なの。幅広くて、素敵でしょう?」
「結婚詐欺師? ハハっ! 本当に? でも君なら結婚詐欺師になれそう。で、なぜ癒しの聖女を最後に言ったの? その中で一番いい天職なのに」
「一番いい? 最悪の間違いじゃなくて? だって、清く正しく生きないといけないのよ。悪いことができない人生なんてつまらないじゃない」
「ハハっ!」
ルキーマは快活に笑った。ルーチェと話すのが楽しくてしょうがないというように。
結婚詐欺師という職業はない。ルーチェは嘘をついた。ルキーマの表情を見るに、ルキーマもそれが嘘だとわかっている。ふたりは嘘を楽しんでいる。
ルキーマに隙が生まれた。ルーチェはそれを見逃さない。
「あなたの天職を当ててあげる。瞳孔催眠術師、よね?」
「っ!!」
「相手の目を見つめ、瞳孔を開くことで催眠術をかける。非常に特殊な天職みたいね。でも、身近にいたら嫌がられそう。だって、誰だって催眠術をかけられたくないもの。あなたの才能に同情するわ。あたしは生まれたその日から性格が悪かったけれど、あなたの場合はその才能が性格を歪める原因になった。ずいぶんと苦労してきたんじゃない? 違う?」
ルキーマから笑みが消えた。
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