第21話 ゲロッチョ!

 美容室の次は、最高級ブティックで大変身。

 マダム店長は、年齢が近いほうが意見を言いやすいだろうと、副店長のマーサとチーフのハルベリーをわたしの担当につけてくれた。

 何十着と試着して、最終的に選んだ服は──。


「すっごいかわいいっ!」


 全身鏡の前でくるりんと回ってみる。スカートが、羽のようにふわりと舞った。

 選んだ洋服は、ピンクとオレンジの小花模様が可愛いワンピースドレス。お腹で結んだ大きめのリボンが可愛さに華を添えている。

 ワンピースの上に羽織っているのは、フリル付きのボレロカーディガン。

 靴も新調して、五センチのラメ入りハイヒールにした。

 ファッションモデルのように細くて手足の長いハルベリーが、手を叩いて喜んでくれる。


「お似合いです! ノアナちゃんはかわいらしいお顔と、コーラルピンクの綺麗な髪色をしているから、甘いテイストのお洋服がぴったり。妖精のお姫様みたいで素敵です!」

「えへへ。照れますぅー」


 個性重視の刺激的なファッションをしてきたけれど、本当は、清楚なワンピースや可愛いドレスやスタイリッシュなパンツやセンスのいいトップスが好き。けれどそんなもの、処分品一掃セールワゴンの中にはなかった。

 お金があれば、上質なもののほうがいいに決まっている。


 ハルベリーとおしゃべりをしている間。副店長のマーサは黙々と、洋服や帽子、靴、鞄、アクセサリーをわたしに当てがっては、せっせと箱に詰めている。

 マーサは個性的な非対称の髪型をしている。


「副店長さん。このワンピースに決めました。なので、残りはいらないです」


 山積みになっている箱を指差すと、マーサは目を丸くした。


「いいえ。これ全部、お買い上げです」

「ええっ⁉︎ 嘘でしょう? だって、こんなにたくさん……」

「二百箱を超えていますが、ご安心ください。丁重にご自宅にお届けし、私が責任を持って、クローゼットにお仕舞いたします」

「本当にこれ全部、わたしのものなの?」

「そうです」


 マーサは、誇らしげに胸を叩いた。

 

「ノシュア様のご要望は、ノアナさんのクローゼットの一新。いくらお金がかかってもいいから、ノアナさんに似合うものすべて購入するよう言いつかっております」

「キャー!! 愛を感じるわっ!」


 ハルベリーが歓喜に顔を輝かせる。わたしは慌てふためきながら、訂正する。


「誤解です! あの人、わたしのセンスが気に入らないみたいで、変えたいだけなんです。愛とかじゃなくて、毒ガエルTシャツがよほど嫌だったのかも!」


 マーサは胸ポケットから電卓を取り出した。迷いのない指でボタンを叩くと、わたしに電卓の画面を見せた。


「現時点での金額です。センスが気に入らないだけで、ここまですると思いますか?」

「わおーーっ!! 豪華客船で世界三周できちゃう!」

「下着とアクセサリーを選び終わっていませんので、最終的にはプール付きの大豪邸を建てるほどのお値段になるかと」

「きゃあ〜!! そんな大金、使っちゃダメ! やめましょう!!」


 目玉が飛びだすほどの金額に、取り乱すわたし。マーサは電卓を胸ポケットにしまうと、至極冷静に言った。


「ノアナさんがハルベリーとエステに行った後、ノシュア様はスタッフを集めてこう言いました。──ノアナの格好を見て、当店に相応しくない客が来たとヒソヒソ話をしていたな。セレブ御用達の店という評判がたったせいで、君たちは随分とつけあがっているようだ。セレブだけが客ではない。もしボロ服をまとった者が入店したとしても、購入意欲があり、大金を持っていれば、それは我々の大切なお客様。貧相な格好で店に入っても店を出るときには洗練された品のあるファッションに身を包んでいて、まるでセレブのようだ。それが、真のコンセプトであるのを忘れるな。君たちの誠意ある接客を見せてほしい。ノアナは、大切なお客様だ」


 マーサは表情を崩すと、恥じ入るように声のトーンを落とした。


「ごめんなさい。あなたの格好があまりにもアレなので、当店にも、ノシュア様のお連れ様としても、相応しくないと陰口を叩いてしまった。けれど、花柄のワンピースドレス。とてもお似合いです。ハルベリーが妖精のお姫様と比喩しましたが、私もそう思います。それに、ノアナさんの自信に満ちた表情に胸を突かれました。服は、寒さ暑さなどの外敵から身を守るためだけじゃない。人の気持ちを高めてくれる。自信を持たせ、笑顔の花を咲かせる。そんな洋服を作りたいと、心を燃やしていた子供時代を思い出しました。初心を思い出させてくださって、ありがとうございます」


 マーサの超絶クールな態度が一変して、あどけない顔で笑った。


「さすが、ノシュア様が選んだお嬢様。傲慢だった私たちを諌めるためとはいえ、あのような格好で来店されるとは勇気があります。私なら恥ずかしくて外を歩けない。パジャマにするもの嫌だわ。胸元に『ゲロッチョ!』って書かれたTシャツなんて」

「そ、そう書いてあったんだ。読めなかった。あははー」


 外国語のデザインロゴが、まさか『ゲロッチョ!』だったとは……。いったいどういうつもりで作ったのか、Tシャツデザイナーに問い詰めたい。

 マーサはまたクールな表情に戻ると、姿勢を正した。


「ノアナさんにお似合いのものを、私に選ばせてください。心を込め、責任を持って、クローゼットにお届けします。金額は気にしないでください。プール付きの大豪邸なんて、ノシュア様にはとっては犬小屋を購入するようなものですから」

「その金銭感覚おかしいです! 絶対に違うと思う!」


 ハルベリーも話に入ってくる。クールなマーサとは違って、ハルベリーはキャピキャピ店員。


「相手がノアナちゃんだから、ノシュア様はお金を使いたいんですよー。好きな女のためなら、いくらお金を使っても惜しくない。なんて羨ましいっ! ノシュア様は、人間嫌いで有名なんです。美女が群がっても、虫でも見るかのように冷たくあしらってきたんですよ。いったいどうやって、ノシュア様のハートを射止めたんですか?」

「射止めていないです。あ、でも、もしかしたら、財布は射止めたのかな?」


 階段に顔を向けていたマーサが、「あ……」と喉奥から低い声をだした。


「イケおじ……じゃない……」

「きゃあー! かっこいい! 極上の男っ!!」


 目線を上げたハルベリーが黄色い歓声をあげた。


 

 

  


 


 

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