第5話 知らなくていいこと

家に帰る足取りは、重たかった。


脳裏に、涙をこぼしながら悲痛に叫ぶ詩乃さんの姿が焼き付いて離れなかった。


───だからだろうか。秘密だと言われていた図書館でのことを、お母さんに

洩らしてしまったのは。


「あんた何かあったの?顔色悪いわよ。」


「うん・・・友達を、泣かせちゃった。」


「あんた最近誰と遊んでるの?お友達が、最近あんたが遊んでくれないからって心配してたわよ。」


「図書館で・・・」


言いかけて、はっと息をのむ。


そうだ、これは言っちゃダメなんだっけ。


「図書館?」


腕を組んで何かを考えるお母さん。すぐにああ、と思い至り、


「そういえばそんなのあるみたいね。どこにあるかも知らないけど・・・。」


「そ、そうそう。たまたま見つけちゃってさ。探検してたんだ。」


何とか誤魔化さないと。


必死に頭を回転させる。


それ故に、次の言葉を聞き逃しそうになった。


「図書館、どうなるのかしらね。管理してた家の跡取りの子も

亡くなっちゃって・・・。」


「・・・・・・・・・え?」


独り言のようなトーンで発された言葉に、理解が追いつくまで時間を要した。


「お母さん、それ・・・どういうこと?」


痛いほどに心臓が脈打ち、流れる汗はさっきよりよほど冷たく感じられた。


頭の中で、管理人という言葉が詩乃さんと結びついてそれ以外考えられなくなる。


なんで詩乃さんは文字が読めた?なんで詩乃さんはいつも図書館で待っていた?


感情では否定したくても、レールでも敷かれているかのように思考が進む先は

変えられなくて。


「2年くらい前かしらね、お葬式やってたのよ。ほとんど見かけなかった子だけど、

村のはずれの図書館を管理してたらしい、って聞いて。えーっと・・・。」


もしそうなら、あの詩乃さんは何だ?死んでたら会えない。生きてなきゃ話せない。

詩乃さんが死んでるはずない。


自分に言い聞かせる。少しでも長く正気でいるために。


しかし現実は、見たくもない答えを眼前に差し出してくる。


「そう、確か、シノちゃんよ!あの子!」


その瞬間、全ての思考が停止した。

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