第4話 秘められた事実

ある日の夕方。読んでいる小説から顔を上げたタクマが口を開いた。


「ねえ、詩乃さん。村の外の人たちは、みんな文字が読めるのかな?」


その言葉を聞いた詩乃は、かすかに顔を曇らせる。


「・・・うん。外の人はね、みんな学校で読み書きを教わるの。それ以外にも

いろんな勉強を。」


「やっぱり。どの物語でも、みんな文字を読んだり書いたりできるみたい

だったから。」


そこで言葉を切った彼は、考え込むように手を顎に当てた。


詩乃は悲しげな声で続ける。


「この村の学校でも、もともとはちゃんと勉強を教えてたんだ。でも、いつからか

それは変わって・・・農業とか、この村で生きるための知識だけを学ぶ場所に

なっちゃった。」


「なんで変わっちゃったの?」


「今のタクマくんみたいに、外に興味を持つ村人が出てこないように、だよ。」 

本を読んで、外の生活がうらやましくなるかもしれない。

勉強ができる子は、街の高校に進学したがるかもしれない。

・・・そうやって村から人が減るのを、恐れた人たちがいたんだ。

タクマくん。そこの本棚の上から3段目、左から2番目の本を取ってくれる?」


それまで微動だにせず座っていたタクマは立ち上がり、彼女の指した本を手に取る。


その本は、ある過疎地域の実態を例に、過疎の現状や問題点を提示するという内容のものだった。


「彼らの目論見は当たって、その本の村みたいにはならなかった。けど、文字が

読める人が全然いなくなっちゃった。 この図書館も誰も来なくなって、

だから・・・」


言い淀んだ彼女はわずかに目を泳がせると、


「・・・だから、寂しいな。」


少しだけぎこちない笑顔を浮かべる。


「・・・オレ達でみんなに文字を教えるっていうのは、難しいかな?」


手元の本に目を落としたまま、確認するように問いかけるタクマ。


「許されないと思うよ。私も、学校で勉強を教えるよう村長に掛け合ってみたことがあるけど・・・取り付く島もない、って感じだった。」


「だよね。実際にうまくいってる計画だし、やめるわけないか・・・。」


「タクマくん、今から村のみんなに勉強を教えるのは難しいかもしれない。

でも・・・」


詩乃はタクマの目をまっすぐ見つめ、凛とした声で言う。


「私はタクマくんには、しっかりした教育を受けてほしい。街の学校に行って、

整った環境で勉強してほしいの。勉強してるときのタクマくんは本当に楽しそう

だし、たくさんのことを学べば、きっともっといろんなことが見えてくる。

そうして広い世界の中で、タクマくんのやりたいことを見つけてほしい。」


「・・・オレが村を出ることを許してくれるかな?」


「逆だよ。文字が読める人間が他の村人と接するよりは、村の外に行ってくれた方が安心なんじゃないかな。」


詩乃の目をしばらく見つめ返していたタクマは小さくあっ、と漏らし、顔を赤く

しながら目を逸らした。


詩乃は目をしばたたかせ、不思議そうに首をかしげる。


「詩乃さん、あの・・・」


手をもじもじさせながら、先ほどまでより小さな声を発する。


「オレも街の学校に行きたいって、思ってる。だから、その・・・」


そこで詩乃の目を再び見たタクマは、真っ赤な顔で声を絞り出すように言う。


「一緒に、街に住まない・・・?」


「・・・え?」


目を見開き、口を小さく開けたまま固まる詩乃。


「詩乃さん、図書館に人が来なくて寂しいって言ってたから・・・街ならみんな文字が読めるし、いっぱい来てくれるかなって思って。それで、オレも街の学校に行く

なら街に住むことになるけど、一人暮らしは大変そうだから・・・!」


しどろもどろになりながらの説明。


「・・・やっぱりダメ、かな?」


様子を窺うように顔を上げたタクマの目に映ったのは、目を潤ませる詩乃の顔。


「ど、どうしたの!?そんなに嫌だった・・・?」


詩乃は涙を手で拭いながら、震える声で返す。


「嫌じゃ、ない・・・嬉しかった、でも──────ごめんなさい。それは、

できないの・・・っ!」


長いスカートを翻して図書館の奥、明かりの届かない隅へ走る詩乃。


「詩乃さんっ!」


驚きで反応が遅れたタクマは少し遅れて詩乃が見えなくなった隅に辿り着き、暗闇の中に鍵のかかった扉を見つけた。


その前で大きく深呼吸をしたタクマは、扉に向かって呼びかける。


「詩乃さん・・・なんでダメなの?」


小さな声も聞き逃すまいと耳を澄ますタクマ。自らの心臓の音すら聞こえそうなほどの静寂に、タクマは不安を覚える。


数分経った頃、その沈黙は破られる。


「ごめんなさい。気持ちが整理できていないから・・・今日は、話せない。」


扉越しでもその声がひどく沈んでいることが彼には分かった。


「・・・わかった。今日はそれでもいいから、だから・・・いつか教えてね。」


「・・・うん。いつか、絶対に。」







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