第2話 白い花と赤い花

ギイと重い音がなり、薄暗い空間に光が差す。


「うわっ・・・」


まず少年の目に入ったのは、大量の本。

背の高い本棚が人一人ほどの間隔をあけて所狭しと並び、壁にも本棚が埋め込まれている。

天井から吊り下げられた照明は弱々しい光しか出さず、決して十分な明るさである

とはいえない。


少年は本棚をきょろきょろ見ながら、おっかなびっくり歩き回る。床に薄く積もった埃が宙を舞った。


「なんなんだろう、ここ・・・」


───図書館だよ


声が響く。


「うわっ!?」


飛び上がって後ずさる少年。

声を裏返らせて問う。


「ど、どこ!?」


「ごめんね、驚かせちゃったかな」


本棚の陰から現れたのは、長い黒髪と白い肌のコントラストが特徴的な少女。

大きな目、形の良い鼻、長い手足など端整な容姿をしていて、下がった目じりからは

優しげな印象を受けるだろう。


「・・・お姉さん、この村の人?見たことないけど」


「私はずっとここで過ごしてきたからね。本を読んで。」


「本が読めるの?すごいね!」


目を輝かせる少年と対照的に、少女は残念そうに目を伏せる。


「やっぱり、まだ学校では読み書きを教わらないんだ?」


「? 学校は農業を教わるところだよ?」


「そう・・・」


少女はしばらく目を伏せていたが、不意に少年に目線を合わせ、微笑みかけた。


「ねえ、文字を学んでみない?」


「え?」


少年の顔はみるみるうちに赤くなり、少女から逃れるように顔を逸らす。


「ど、どういう・・・こと?」


「ここには勉強のための本も、道具もそろってる。本が読めるようになったら、

すごく面白いよ。一緒に勉強しようよ!」


さらに距離を詰める少女に、少年は蚊の鳴くような声で返答する。


「え、えっと・・・・・・うん」


少年の頷きを見た少女は、花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「ありがとう! 明日からここで待ってるからね!」


少女が1歩離れると、少年は安心したように正面を向きなおす。


「暇なとき、だけだから・・・ 期待しないでね」


「うん! それと、ひとつ約束してほしいんだ。 

 ───ここに来たことは、誰にも言わないで。」


少女の顔が真剣なものへと変わる。先ほどまでの柔らかな表情とは打って変わって、

そこには有無を言わせぬ迫力があった。


「う、うん・・・わかった。でも、なんで───」


「あ、そろそろ日が暮れるから帰った方がいいかも」


「え、ほんと!? お母さんに怒られる!」


走り出した少年はしかし、扉を開いたところで立ち止まり、振り返る。


「そういえばお姉さん、名前はなんていうの?」


「詩乃だよ。これからよろしくね。」


「よろしく!オレはタクマ!」


「うん。じゃあ・・・」


少女は再び花のような笑顔を浮かべると、


「またね。タクマくん。」


閉まっていく扉の奥、かすかに見えた少年の顔に、真っ赤な花が咲いた。

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