看病

 先生と一緒に病院へ行ったボクは、片足にヒビが入っていると診断された。

 幸い、骨は折っていなかった。


 とはいえ、日常生活に支障がないと言えば、そんなことはない。


「いったぁ」


 寮では寝ていることが多くなった。

 ヒナ姉ちゃんが一週間は安静にしているように、と先生に掛け合ってくれたらしい。


「勉強遅れる」


 その一週間の間、勉強が遅れてしまう。

 ノートを見せてくれる友達がいないため、ボクはとても悩んだ。

 だが、ヒナ姉ちゃんが、授業に出る事を許さなかった。


「ダメだよ。安静にしてなきゃ」


 ボクの隣で箸を持つヒナ姉ちゃんが言った。


「うん……」


 皿に盛った野菜を箸で摘まみ、口に運んでくれた。

 モソモソと食事を取り、ヒナ姉ちゃんの方を見る。


 いつもと変わらないはずのお姉ちゃんは、目を見開いてボクが食べる所をジッと見ていた。


「食べづらいよ」

「気にしないで。ワタシは、見てるだけでいいから」


 頭には階段から滑落した直後の光景が浮かんでいた。

 階段の上から見下ろすヒナ姉ちゃん。


 今と同じで、目を大きく開いて、真顔で立っていたのだ。


 ボクにはお姉ちゃんの感情が分からなかった。


「ふふ。ぷりぷりのお口で、モソモソ食べてる。ふふふふ」


 怖かった。


「トイレ、行きたいかな」

「うん」


 さっきまで起こしてくれていたけど、ヒナ姉ちゃんは起こそうとしなかった。代わりに、買い物袋から取り出したのは、尿瓶にょうびんだった。


 布団を捲ると、ズボンに手を掛けて、「腰浮かせて」と言う。


「ヒナ姉、起こしてくれたら、トイレに行けるから。ていうか、トイレで――」

「浮かせてよ!」


 いきなり怒られ、ボクは素直に言うことを聞いた。

 腰を反らせると、ヒナ姉ちゃんがズボンを下ろし、尿瓶を股間に当ててくる。


「はいっ。どうぞ」


 出るわけがない。

 外れないように陰部はヒナ姉ちゃんが持っている。

 他人の手の感触が陰部にあって、くすぐったさのせいで、力めなかった。


「……な~んだ。嘘だったんだ」

「見られてると、出ないってば」

「だったら、目を瞑ってあげる」


 そういう問題ではなかった。


「今は、いいや」

「うん。でも、瓶はこのままにしておくね。出たら大変だし」


 ヒナ姉ちゃんは幸せそうに看病をしていた。

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