長門さん、拗ねる

 放課後、長門さんを呼び出して謝罪をした。


「ごめん。昨日のあれは、なし。本当にごめん」

「え、嫌だけど?」

「君とは付き合えないよ。別れてください」

「お断りします」


 ゴリ、と床を擦るバット。

 ボクが呼び出すと、なぜかバットを持ってきたのだ。


「なんで? いっぱい、ベロチューしたじゃん!」


 階段の踊り場で、こんな事を話すから、ボクは人目が気になって仕方なかった。


 幸い、誰にも聞かれてないから、いいけど。

 正確には、曲がり角から頭半分を出したヒナ姉ちゃんだけは、聞いていた。


「もしかして、あの日の夜。白いオシッコ出した事、気にしてるの?」

「……あの、それ以上は」

「臭いって言ったけど。嫌じゃなかったもん」

「本当に、勘弁してください」


 ヒナ姉ちゃんが睨んでいた。


「じゃあ、分かった」

「別れてくれるんだね」

「もう一回出して。

「……ねえ」


 ボクはヒナ姉ちゃんに弱い。

 曲がり角がじーっと見つめる視線が鋭くなり、ボクの前にいる長門さんに怨念をぶつけているのだ。


「そりゃ、初めは軽い気持ちだったよ。ハルくんと付き合うの。でも、ベロチューしてて、すっごい気持ち良かったし。あ、アタシだって、……イったことあるし」


 不覚にも、ドキドキしてしまった。


「でもさ。付き合ってみて、時間が経ったら、もっと好きになったもん。別れるのは絶対に嫌だ。別れるくらいなら、ここで殺さないといけないじゃん!」

「……え」


 後ずさり、壁に張り付く。

 どうして、思考がそっちに飛ぶのか、ボクには理解できなかった。


「好きな人のベロ飲むのってそんなにおかしいの?」

「まあ、……普通では、ないと思うし」

「白いオシッコも?」

「……あんまり、そういうこと言わない方がいいと思うけど」

「アタシは飲めるよ。好きだもん。ハルくんが好き。ここで、飲めって言われたら、喜んで飲むよ」


 ヒナ姉ちゃんがいなくなっていた。

 嫌な予感がするので、ボクは長門さんの手を握り、「静粛せいしゅくに」と黙らせようとする。


 すると、長門さんがムッとして、耳元で囁く。


「今日の夜。飲みに行くから」

「や、それは――」

「いっぱい、舐めて。いっぱい、飲む」


 こんな調子だから、ボクだって辛抱堪らなくなる。

 今まで、ずっと我慢してきた生活をしてきた。


 リクくんの一件以来、ボクのタガだって、外れかけていた。

 そこを容赦なく壊そうとしてくるのだ。


 可愛い子に言い寄られて、嬉しくない男子なんて存在するのだろうか。

 ボクには考えられなかった。


「――チュっ」


 頬にキスをして、長門さんが離れる。

 ちょっと離れたところで、「べー」と舌を出して、どこかに行ってしまった。


 残されたボクは、その場にうずくまった。

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