本当の姿の一部

「リクく~ん。今日、カラオケ行こうよ」

「おっほ。いいねぇ」

「あ、わたしも~」

「よぅし。んじゃ、念願の3P、決めちゃうぅ?」


 リクくんは女子達の尻を揉み、両手に花の状態で教室から出て行く。

 ボクは巡回があるので、ポケットにしまっていた腕章を付け、席を立つ。


 みんな何かしらに夢中だ。

 部活に精を出す人は、放課後のホームルームが終われば、すぐに出て行って、それぞれの競技場に向かう。


 文化部なら部室棟。


 他はリクくんのように、街の方へ行って、遊んでから帰るようだ。


「……っと、まずは三階からかぁ」


 ボクも教室を出て、端から端まで見回ろうとした。

 そこで長門さんの姿を見つけた。


 ムスッとふくれっ面で、機嫌が悪そうだ。


 今日は何もしてこなかったので、つい気になって目で追いかけてしまう。


「どこ行くんだろう」


 寮に帰るのかな。

 放っておいてもいいけど、無性に気になったボクは、後を追いかけることにした。


 *


 長門さんがきたのは、誰もいない音楽室だった。

 聖歌隊の人がお披露目で使うことがあるみたいなので、檀上が高い。

 その前には長椅子が揃っていて、音楽室というより、もう一つの礼拝堂のような一室だった。


 長門さんは、暗幕に隠れ、何やら小さな三脚にスマホをセッティングしていた。


 何をしているんだろう。


 行動が読めないので、ボクは死角になる位置から、そっと覗く。


「よしっ」


 息を大きく吸い込み、吐き出す。


「――理想――」


 遅れて気が付いた。

 初めに聞いた言葉は、スマホに向かって何か喋っているのかと思った。


 でも、違った。

 急に声色が変わって、声のトーンが跳ねあがったのだ。


 長門さんは、歌っていた。


「……す、げ」


 邪魔しないように、小声で呟いた。

 JPOPだろうか。

 曲調は激しめで、声が高く、張り上げた音域が突き刺さるように、心地の良い主張をしているから、聞いていて不快ではなかった。


 むしろ、激しめの曲調に呑まれないよう、自分の声を分けている気さえする。


 スマホから流れた音楽は、大きいけど、機材が違うから小さい方だ。

 その音を消さないように、声のボリュームを合わせていた。


 ――長門さんは、超が付くほど、歌が上手かった。

 ――耳に残る声をしていた。


 気が付けば、ボクは長門さんが歌う暗幕の反対側で、その歌声に耳を傾けていた。


 何て言い表していいのか。

 アーティスト性が高くて、街で流れていても、たぶんボクはこの声が長門さんだと気が付かないだろう。


 それくらい、普段とは全く違うのだ。


「――……ふぅぅ、スッキリしたぁ」


 長門さんが、スマホを片づけて、暗幕から出てくる。


「……あ」


 バッチリと目が合った。


「お、まえ~~~~っ!」


 怒った長門さんが顔を真っ赤にして、蹴ってきた。

 尻を踏みつけられ、慌てて防御態勢を取る。


「最低! マジでバカじゃん!」

「ご、ごめん! いたっ! ごめんって!」

「いつからいたの!」

「……さっき、来たばかりで」

「嘘吐いたら、今日部屋に行くよ?」


 謎の圧があったので、ボクは正直に答えた。


「また、変な事するのかなって気になって。……初めからいました」

「~~~~~~~~~~ッッ‼」


 声にならない悲鳴を上げて、長門さんが踏みつけてくる。


「ごめんってば!」

「うっさい!」


 尻が痺れるまで、ずっと蹴られた。

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