装った理由
聖歌隊の人達が来る前に、ボクらは退散。
屋上に連れてこられて、ボクはフェンスを背にして、縮こまった。
「ストーカー」
「見回りだから、仕方ないじゃん」
「だからって、声掛けないで聞く? バカじゃん!」
再び、脛を蹴られ、返す言葉が出てこなくなる。
「長門さんこそ。上手いなら、授業中に下手なフリしなきゃよかったじゃんか」
すると、長門さんは肩を竦めた。
「分かってないなぁ。音楽の授業してるババアに認められたら、聖歌隊にスカウトされるんだって。嫌だもん」
正直な長門さんだった。
「アタシは、こういう音楽の方が好きなんだよぉ」
「この学校、JPOPダメなの?」
「ダメだよ。軽音部も禁止。宗教上の理由にそぐわないんじゃない?」
そこまで言い切るってことは、軽音部を探したってことか。
「つか、アンタ、家がこの学校と同じ宗教なら、分かるでしょ」
「いやぁ、ボクの場合は、家は仏教なんだよ」
「い、意味分かんねえ!」
ヒナ姉ちゃんに誘われて、ボクだけ、こっちの宗教に改宗したって感じ。まあ、ボク個人だけ違うことになるわけだ。
「長門さんは?」
「アタシ、二世だもん」
「へえ」
親が西洋宗教で、その子供ってことか。
「ずっと、子供のころから、あれはダメ。これはダメ。クッソ腹立つ!」
ふくれっ面で、何もないところを蹴り、長門さんは
「主は信じるけどさ。バツは受けてやるから、少しくらいは好きな事させてほしいの! アタシは、感情のないロボットじゃないよ。いけないいことだって、たくさんやるし、血の通った人間だっつうの!」
その時、ボクは長門さんという人物が、どういう人なのか。
ほんの少しだけど、見えた気がした。
産まれた環境に対しての反抗心が、彼女のサイコじみた奇行に繋がっているのだ。
「でも、他に、たくさんいるんじゃないかな。この学校と同じ教えで育った人に、POPを歌う人とか」
「いるんだろうけどさ。……アタシの場合は、良い顔されたことないよ」
口を尖らせ、隣に並ぶ。
「メロディ口ずさんだら、引っ叩かれてたし」
「えぇ?」
「そういうもんよ」
厳しい家庭で育って、自分を殺してきたのか。
それを聞いて、ボクはふと自分と重ねてしまった。
――自分を殺す。
自分で考えておきながら、妙に引っかかってしまうのだ。
「アンタは学校卒業したら、また改宗すりゃいいじゃん。それで終わり」
「……まあ、嫌になったら、そうなるんだろうけど」
「アタシはいまさら無理だよ。教えが身に沁みついてるから。だから、ずっと罪を感じて、神様に唾を吐くんだ」
不覚にも、長門さんの事をすごいと思った。
だって、自分が何をしているのか、自覚しながら尚も続ける人が、日本に、この世界中にどれだけいるんだろう。
「動画、撮ってたの?」
「……ぷいっ」
「えぇ、そこは教えてよ!」
「ぷにまんJP」
いきなり、卑猥な単語を言われて、固まってしまう。
「な、なに?」
「動画の、ID」
「ID変えようよ! もったいないって! どうして、自分で自分を殺しにいくの!」
「普段から、我慢我慢言ってるハルくんに言われたくないし!」
それを言われると、弱いのだ。
「今日の事は、誰にも言わないで」
一瞬、躊躇った。が、黙って頷く。
「もし、言ったら――」
手を掴まれ、
「家、燃やすから」
「最悪……」
最後は脅しで締められたのであった。
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