群がる乙女
においの虜
目が覚めると、そこは自分の部屋。
「あれ、昨日、……何してたっけ?」
確か、長門さんがきて、それから――。
「……ぁぁ」
股の下に、初めて触れて、顔が熱くなって、眠ってしまったのだ。
思い出すと、何とも言えない気持ちになる。
でも、起きたら自分の部屋にいて、布団まで掛けられている。
もしかしたら、長門さんが運んでくれたのかもしれない。
そう考えると、複雑な気分だった。
壁に掛けた時刻を確認すると、まだ午前4時だ。
「もう一回、寝よ」
そうして、寝返りを打った。
その時だった。
「ふみゅっ!?」
むぎゅ、と何かを股に挟む感触があった。
思わず、それに手を伸ばす。
さらさらとした感触。
布団を開けて、スマホで中を照らしてみる。
「あ、わ、……は、ハルくん」
エマ先生が、ボクの股に顔を埋めていた。
耳まで真っ赤にして、大きく見開いた目は、うるうるとしていた。
「なに、してるんですか?」
「こ、これ? あ、うん。寝苦しそうだったから、えへへ。つい、介抱、……してあげよっかなぁ、って」
お互いに気まずい沈黙が流れる。が、どちらも、動こうとしなかった。
ボクの場合、生理現象で股間が起っていた。
エマ先生は黙っている間、目を泳がせ、ほんの少しだけ顔を間に突き出し、「スン」と鼻を鳴らす。
こんなに不潔で、最低で、下品な真似をしているのに。
ボクはエマ先生を見ていると、下半身が疼いてしまい、どうしようもない気持ちになった。
「やっぱり、……えへへ。臭いね」
「か、嗅がないでくださいよ」
「う、ん。ごめん。――……スン……ハァ……っ」
鼻から息を吸い込み、吐き出す。
それだけなのに、エマ先生は口を噤み、ズボンの膨らみと見つめ合っていた。
「いつも、嗅いでたんですか?」
「ごめん、なさい」
「そんな……。信じてたのに」
「ご、ごめんなさい」
「先生は、不潔だよ。こんな真似するなんて、変態だよ」
すると、先生はへの字に口を変形させ、目に涙を浮かべた。
「……変態で、ごめ……なさい……」
エマ先生の涙を見た途端、罪悪感が一気に押し寄せる。
「あ、こっちこそ、すいません。言いすぎました」
「ぐすっ。……う、……う、ぐすんっ」
「泣かないでください。すいません」
何て声を掛けたらいいのか、分からなくなった。
そこで何を思ったのか、ボクはとりあえずエマ先生を肯定し、機嫌を取ろうとした。
「におい、好きなんですか?」
「ぐす。……大好きです」
「あ、あ、あ、そうな、んですか」
大好き、ときたか。
「いつから、こんな真似を」
「礼拝堂で、初めてお会いした時から、……です」
4月の上旬だ。
オリエンテーションを終えて、聖ゼネレ学園で初めて授業を受けてから、5日は経った頃か。
礼拝堂でお祈りの仕方を学ぶ時間が設けられた。
その時に、綺麗な人がいるな、と見ていたのを覚えている。
「ミルクみたいな、子供の匂いがして。気がついたら、ずっと嗅いでました。……ごめんなさい。明日、自首します。ぐすっ。ごめん、なさい!」
それは、非常に困る。
いや、もちろん、社会的に考えたら、そうなっちゃうんだろうけど。
でも、それだけは、ボクの方が精神的にキツいものがあった。
「や、辞めるなんて言わないでくださいよ!」
「でも、私、このままじゃ、ハルくんの臭いに狂わされます!」
どう、しよう。
迷ったボクの頭には、ついさっきまでいただろう、長門さんの言葉が過ぎる。
『ロボットじゃない』
『間違えまくる』
それこそ、人間として、当たり前のことだ。
初めから清廉潔白で、全てが揃った人間なんて、この世にいない。
「あ、う、ぐ。それ、じゃ」
「……ぅぅ、ぐじゅっ」
泣きじゃくるエマ先生に、ボクは言ってしまった。
「ボクので、よかったら。いくらでも、嗅いでください。だから、泣き止んでくださいよ」
枕元のティッシュを何枚か取って、エマ先生に渡す。
先生はボクの股から離れようとせず、鼻を噛んだ。
「ぐす。……いいんですか?」
「はい。こんなので、よかったら、いくらでも」
変態かもしれない。
でも、エマ先生は、やっぱり天使で、可愛い人だ。
その事実は何も変わらない。
涙を見ている方が、ゴリゴリ心を削られてしまう。
「わぁっ。ありがとうございますっ!」
無邪気な笑顔だった。
早速、膨らみに鼻を押し付け、「ふふ」と乙女の笑顔で、息を吸い込む。
「あぁ、ずっと、こうしていたい」
ボクは、選択肢を間違えたのかもしれなかった。
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