天然なところがある

 夜。

 女子寮の建物の角に立ち、ボクは入り口の所で話す二人を見ていた。


 男子寮は、トイレは小屋の中にあるけど、お風呂は女子寮の中にあるのだ。

 時間帯で男女変更になる仕組みとなっており、ちょうどお風呂に入ろうと思った矢先、エマ先生と長門さんが話すところに出くわした。


「あの人、……寮暮らしだったのかよ」


 長門さんに関しては、天敵というだけで、詳しい情報は知らなかった。

 というか、女子の事をこそこそ嗅ぎまわる真似なんてするわけない。


「何スか、話って?」


 後ろ手を組み、ダルそうにしている長門さん。

 パジャマ姿のエマ先生は、前に手を組んで、極めて優しい口ぶりで言った。


「鈴谷さんのことで、聞きたい事があるんです」

「鈴谷……。ああ、ハルくんね。はいはい」

「スズナさん。ハルくんに嫌がらせしてるって、本当ですか?」


 ボクは泣きそうになった。

 ていうか、足から崩れて、額やら口やらを押さえて、「ちょっとぉ」と小さく声を漏らす。


 あの人、正気ですか?

 確かに、任せてって言ったけども。


 何も、長門さんに対して、ストレートに聞くことはないだろう。


 長門さんは驚いたように目を丸くしていた。


「それ、本人が言ってたんですか?」

「それは、教えられません」


 教えてるよ。

 全ての言動から察することができるので、意味がなかった。


「あいつ……。マジかよ。あんだけ、ベロチューしてやったのに」


 ボクは意味もなく、太ももを掻きむしった。

 だって、姦淫がアウトなのに、先生に対して愚痴っているのだ。


 もっとも、エマ先生の場合は、数学や化学などを教える先生ではない。

 お祈りの仕方を教えたり、宗教上の作法を教えたりする、宗教の方に特化した講師である。


 他には、礼拝堂の管理とか、寮母とか、施設の掃除をしたりと、結構多忙な人なのだ。


 寮母以外だったら、他のシスターもいるので、交替しながらやっているのだろう。


 いくら、勉学を教える先生ではないとはいえ、学校に勤めている人であることに、変わりはない。

 これが他の先生に知られたら、ボクは姦淫の罪で、退学になる。


「べ、ベロ……」


 ピクリと動いたエマ先生は、小刻みに震えて、モジモジとした。


「はい。知りません?」


 離れた場所から見ても、卑猥な舌をしていた。

 平たくて、薄い舌は、舌先が器用に動き、口の中をエマ先生に見せていた。


「ハルくんって、他の男子と違って、臭くないんですよ。いや、臭くないって言うか、ムラムラしちゃう臭い? ってやつですかね。だから、つい、時間を忘れてベロチューしちゃうっていうか」


 エマ先生は股を押さえて、さらにモジモジとした。


「そ、そうなんですか。……へぇ」

「先生は近くにいて、何とも思いませんか? いつも、臭い嗅いでますよね?」

「ええ!?」


 エマ先生が驚きの声を上げる。

 身に覚えはあった。


 ちょくちょく近い時があるけど、今思えばあれは臭いを嗅がれていたのか。


「え、っとぉ……その……」

「アタシ、見てますよ」

「うぅ……」


 エマ先生、本当は注意しようとしたんだろうけど。

 逆にズケズケ物を言う長門さんに、言いくるめられている。


「昔と違って、ウチの学校って緩くなったんでしょ? ていうか、宗教自体? 夜中に遊んでるシスターだって、たくさんいるじゃないですか。教えてくださいよ。別に、罪にはなりませんって。黙ってますから」

「私、その……」

「ちなみに、アタシ、ハルくんでオナニーしましたよ」


 なんて、ことをエマ先生に言うんだ、あの人。

 天使のように清楚で、物腰とか、色々柔らかいエマ先生だぞ。


 ボクはもう、半分パニック状態だった。


「オナニーしました?」


 エマ先生は俯きながら、手で輪っかを作る。


「ちょっと……だけ……」


 ボクは股間に熱が集中し、生唾を呑んでしまった。


「うそ、でしょ?」


 女の人って、マスターベーションするのか。

 都市伝説だと思ってた。

 まさか、エマ先生まで、そんな不潔な女だったなんて。


 だけど、何でボクはエマ先生に幻滅できないんだろう。


「臭い、ですよね。分かります。あの子の場合、臭いなんですよ。アッハッハ! 帰ったら、もう一回オナニーします」

「は、はい。頑張ってください」

「うぃ~す」


 そう言って、長門さんは中へ戻っていく。

 残されたエマ先生は、口に手を当て、「……やだ」と、しばらくモジモジしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る