吸われる

 長門さんは立ち上がり、カーテンを引く。


「いや~、ドキドキするなぁ。アタシ、何だかんだ言って、男と絡んだことないからな~」


 それから、扉の方に行くと、鍵を閉めて振り返った。

 再び戻ってきた長門さんは、また腰の上に座る。


「はぁ、はぁ、……君は、間違ってるよ」

「ん~、そうかなぁ」


 頬を触られ、首筋を撫でられ、夏服越しに胸を撫でまわされる。


「あ、やっぱ、女と違うんだ」


 生唾を呑む音が聞こえた。

 薄暗い室内で、日光がカーテンを照らしているため、闇は透けていた。

 微かに漏れた光が長門さんの頭に当たり、微かだが、どんな顔をしているか見える。


「こ、こういうのは、好きな人とやるものだよ! なのに、不潔極まりないよ!」


 ボクは必死に彼女を咎めた。


「へえ。なら、問題なくね?」

「え?」

「アタシ、大分好きなんだけどね。ハルくんのこと」

「適当な事言うな!」


 身を捩って、何とか逃げようとする。

 だが、情けない事に、ボクは力んだ拍子に体を震わせるだけで終わり、逃れる事ができなかった。


 何がおかしいのか、長門さんは「ぷはっ」と吹き出す。

 逃げる方にわざと体重を掛けたり、完全に遊ばれていた。


「ホラ。抵抗してみなよ! アッハハハ!」

「くぅ、そ!」


 その場に流れた雰囲気からして、たぶん校則を破る何かをされてしまう。――同時に、ボクはあれだけ軽蔑していた長門さんに対し、体が変な反応を起こしていた。


 まるで、自分が自分でなくなるような。

 そうなってしまう予感が湧き上がってきて、変わる事に恐怖を抱いていた。


「アハハハハ、バッカみたい!」


 なのに、人の気も知らないで、長門さんはケラケラ笑う。

 抵抗の一つもできない自分が情けなくて、ボクは目が熱くなってきた。


 でも、我慢だ。

 こんな奴に涙なんか、見せてたまるか。


「ふっ、ふぐっ……」

「泣かないでよ~。アタシ、何もしてないじゃん」


 涙が零れ落ち、長門さんは笑う。


「うるさい! 泣いてない!」

「ほんっと、イジメるとさぁ。ムラムラしちゃうんだよね。やば~……」

「ど、どいてくれよ!」


 再び、身をよじり、腰を動かして暴れる。

 すると、長門さんは歯を見せて笑い、手を押さえつけてきた。


「ハルくん」


 普段の圧がある声色とは違い、囁くような声。

 目はボクの顔や胸など、色々なところを見つめ、口を噤んだ。


「ちょっぴり、仕返しして、脅かすつもりだったんだけど。無理」


 何を思ったのか、ボクの上着の中に手を入れ、お腹を撫でてくる。


「何やっても可愛いし、……この口がさぁ。……この舌がさぁ。アタシ、一番大好きなんだよね」


 そう言って、舌先が薄い唇から覗いていた。

 嫌な予感がして、ボクは必死に説得を試みる。


「や、やめろ! ボクは、お、お前みたいな、ふしだらな女子なんか――」


 ――ベチン。


 頬を打たれ、思考が止まった。


「……喋んな」


 威圧的な一言が、鼓膜に刺さる。

 長門さんは怖い顔から、急にいつもの笑顔に戻って言った。


「アタシね。ハルくんと仲良くなりたかったんだよね。いつも、キショい女がうろついてるじゃん? アハハ。だから、ラッキー。みたいな?」


 乳首に爪を立てられ、体が反応してしまう。

 下腹部に熱は溜まり、ボクは興奮と恐怖で、頭がおかしくなりそうだった。


「ふぅ、ふぅ、……うぐっ」


 顎を押さえられ、顔が近づいてくる。

 だいたい、何をする気か分かったので、ボクは慌てた。


「や、やめ、やめてよ! 何する気!?」


 長門さんは、片目だけを開いた。


「いや、キスでしょ。好きだったら、するじゃん」

「やだ! ボクは、ボクは好きな人が――」


 長門さんは、鼻で笑った。


「知るか、バーカ」


 無理やり、ファーストキスを奪われたボクは、頭が真っ白になった。


「んぁ、口開けて」

「んんんっ!」


 必死の抵抗だ。


「開けろって。ほら。……ちゅっ」


 聞いた事のない、卑猥な水音だった。

 長門さんの熱い鼻息と吐息が混ざり、ボクの口元をくすぐってくる。


 これ以上は、まずい。


「ま、待って。これ以上は、まずいよ。姦淫したら、退学になるかもしれないんだ」

「あー、……セックスのこと?」


 女子からは聞いた事のない単語。

 彼女はサラリと言った。


「大丈夫。さすがに、そこまではしないから。……まあ、、ね」


 再び口をくっ付ける。

 口の中に、滑った何かが入ってきた。


「ふぐっ!?」

「……ん~……こぇこぇ……っ」


 舌の表面を舌でなぞられる感触は、脳みそを刺激されているみたいだった。ビリビリとした味わったことのない、小さな電流が舌から伝わり、力が入っていた手足から、自然と全てが抜けていく。


 今、ボクは同級生の女子から、舌を吸われていた。

 唇の圧迫感で舌は締め付けられ、その奥では優しくマッサージ。


 こんなの味わったら、気が狂うに決まっている。


「……んぷっ。ハルくん、起ってんじゃん」


 にっと笑って、股間を指先で突いてきた。


「今日はここまで。また、明日からね」

「はぁ、はぁ、もう、や、やだ」

「あはっ。こういう我慢なら、アリかもね」


 頬に軽くキスをされ、長門さんは舌なめずりをした。

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