寮での生活

 トレイに並んだ夕食に心が躍り、ボクは感謝を口にする。


「エマ先生。ありがとぉ!」

「こんなものしか作れなくて、ごめんねぇ」


 ワンピースのパジャマ姿で、エマ先生がにこにこと笑う。

 扉を押さえている間、エマ先生は靴を脱いで男子寮に上がる。

 狭い部屋に歩いてくると、床にトレイを置き、ラップを取ってくれた。


「男の子だもんね。いっぱい作ったから」

「うんっ」


 並べられた料理は、ステーキだった。

 何と言うか、肉とか魚とか食べちゃいけないのかな、と思っていたが、宗教の中にも色々な形と、みたいだ。


 総本山では伝統通りに行われているだろうが、こういった地方の田舎暮らしをしたシスター達は、普通にお酒は飲んでいるし、エマ先生に至っては、むしろ肉料理が多かった。


「いただきます」


 ナイフとフォークを手にした直後、頭を軽く叩かれた。

 拳骨で、くりっとされたので、叩かれたというと語弊ごへいがあるかもしれない。


「こらっ」

「え、なに?」

「食事前のお祈りはどうしたの?」

「あ、そうだった」


 手を組んで、目を瞑る。


「え、と」


 正直、長ったらしいお祈りのことは、覚えていなかった。


「もぉ。仕方ない子」


 ゴソゴソと音がした。


「……スゥ」


 息を吸い込む音が、耳元から聞こえた。


「父よ。あなたの慈しみに感謝して、この食事を頂きます――」


 吐息と共に、柔らかい声が鼓膜を刺激してくる。

 耳の裏から、ぞくぞくと小さな刺激が駆け巡り、胸から下に掛けて、痺れが広がっていく。


「ここに用意されたものを祝福し――」

「……っ、ぁ……」


 甘ったるい香りだった。

 でも、嫌な甘さじゃない。


 ボディソープに混じった、エマ先生の体臭だ。

 ほんわりと鼻孔をくすぐり、柔らかい香りがボクを包み込んでくる。


「私たちの心と体を支えるかてとしてください」


 太ももがほんわかと温かかった。

 エマ先生が手を置いてるんだろうか。


「――……アーメン」


 目を開けると、視界の端には、金色の髪が揺れていた。


「……せ、んせい」


 パジャマは胸元が大きく開いていて、前かがみになった体勢のため、中が少しだけ見えていた。


 ――桃色の、程よく大きな輪と突起物。

 ――突起物には、……銀色の何かが見えた。


「こらっ」

「あ」


 怒られ、目を逸らす。


「お祈りしてよぉ。私だけ言ったってしょうがないじゃない」


 丸みのある、くりっとした形の目が潤んでいた。


「ご、ごめんなさ……」

「もぉ~~~~~っ」


 頬を膨らませ、エマ先生に怒られた。


「もう一回」

「は、はい」


 その後も、ボクは上手くお祈りの言葉が出てこなかった。

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