長門 スズナ

 ボクには友達がいる。


「ハァ~~っ、クッソだりぃ」


 体育の授業のため、ボクらはグラウンドで走り込みをさせられていた。

 女子と合同で走り込んで、汗だく。


「リク~。はい。タオル」

「たっは、いらねって」

「いいから、いいから」


 友達の『早瀬はやせリク』くんは、女子にモテる。

 どういう人かと言えば、髪型がツーブロックのみたいな人だ。


 メガネを掛けていて、汗を掻くと、いつも蒸気のせいでレンズがくもる。


 男子が少ない、というのもあるんだろうけど。

 学校ではボク以外、みんな他の女子に話しかけられ、モテている。


 別に羨ましくはない。

 むしろ、「大変だなぁ」と思っている。


「さんちゅぅ」


 たぶん、サンキューって言いたいんだろう。

 リクくんが投げキッスをすると、女子達はキャッキャッと笑っていた。


「女子ってさぁ。マジで、超ダルいよなぁ」

「ボクが言ってあげよっか? すいませ――」

「バカ! おまえ、バカ! いいんだよ。やらせておけば」


 良かれと思って、女子に注意しようと口を開いた。が、その口をリクくんが素早く塞いでくる。


「つかぁ、ハルトは女子と話したりしねえの?」

「え、話してるよ」

「へえ。誰よ」

「ヒナ姉ちゃんと、エマ先生」

「エマちゃん?」


 リクくんの表情が暗くなる。

 何でかは知らないけど、リクくんはエマ先生のことが苦手みたいだ。


「あの人、……マジか? なんか、の香りがすんだよな」

「な、なにそれ?」

「いや、分かんねえけど。ほら、言葉にすんのは、難しいけどさ。人間、何か感じちゃうものってあるじゃん? 理屈じゃねえっていうか」


 リクくんは、タオルで顔を拭いた後、脇の下を拭き、「おぉっほ」と変な声を上げる。


「あんな感じで清楚面してるけどさ。エマちゃんだって、女の子よ。ピアスしてるとか、そういう話聞くし」

「え、エマ先生が、ピアスなんてするわけないだろ」

「バカ。女の子はピアスくらいするだろうに。ほら、俺だって」


 得意げに耳たぶを見せてくると、そこにはプラスチックのピンみたいな物が刺さっていた。


「校則違反だよ。ダメだよ。外さないと」

「うるっせぇな。みんな、やってんだって」

「……そんな」


 風紀の乱れが深刻だった。


 このままじゃ、学校中が風紀の乱れによって、不純異性交遊の温床おんしょうとなってしまう。

 そういうのを阻止するために、ボクのような風紀委員がいるのだ。


「堅いこと言ってっとさ。いつまで経っても、童貞卒業できないぞ」

「不潔だよ!」

「ハッ。ハルトには早――」


 突然、リクくんは片方だけ白目を剥いて、ぐらりと体が傾く。

 ベロはだらしなく出して、豚のような呼吸をしている。


 ボクはいきなりの事で、呆然とした。


 頬にはなぜか、野球ボールがめり込んでいたのだ。


「んごおおおおおっ!」


 リクくんが地面に倒れ、尻がピクピクと痙攣を起こしていた。


「リクくん? え、なんで、ボールが!?」


 ボールの飛んできた方を見る。

 そこには、キョトンとした様子の女子がいた。


「あ、ごめん」


 とてとて歩いてきて、野球ボールを拾う。


「な、長門さん。どうして、その、ボール。走り込みやってたのに、野球ボールなんてどこから」

「あー、これ私物。ムカついた事があったら、投げちゃうんだよね」


 長門ながとスズナ。

 ボクの天敵だ。


 こいつは、「やめろ」と言っても、絶対にやめてくれない。


 全体的に、かなり線が細い体型をしているのに、いちいち圧を感じる言動と外見が特徴だ。


 ウェーブの掛かったセミロングの髪は、耳の後ろで結んでおり、サイドテールにしているため、後ろから見ると黒いシュシュが、いつも見えている。


 そのため、ボクは彼女の特徴を見つけると、必ず目を光らせるようにしていた。


 でも、何か言うと、すぐに怒るので苦手。

 外見からして、かなり気が強そうというか、性格が表れているので分かりやすい。


「あ、謝りなよ!」

「うす。ゴメンじゃん」


 片手を挙げ、しれっと言うのだ。


「き、君ね。どうして、いつも危ないことばかりするんだよ!」

「……るっせぇなぁ」


 睨まれ、ボクは一歩だけ下がった。


「あんまり、うるさいとさ」


 何気ない調子で言うのだ。


「……アンタ、犯すよ?」

「え?」


 にっと笑い、長門さんは肩を回して、空にボールを投げ始めた。

 残されたボクは友人のグッタリした顔を見つめて、「何て怖いんだ」と、戦慄せんりつした。

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