クズ野郎は多分、変われない
学校へ休むと連絡を済ませ、僕は急いでデートの準備を始めた。
しかし、中間考査が過ぎたタイミングで助かったな。
特別待遇とはいえ、テスト期間中に休むとめっちゃ注目浴びそうだしな。
僕個人としては高校なんてもう通わなくてもいいんだけど、それを赤音ちゃんに言ったら右ストレートでぶっ飛ばされたしなぁ……。
『自業自得』
もっちゃん、お前もか。
マイフレンドにまで僕の気持ちを否定されて傷心していたところに赤音ちゃんがリビングへと戻ってくる。
彼女は、赤のレザージャケット、ダメージジーンズ、フィンガーレスグローブを着こなした喧嘩屋のような格好へと着替え終わって、僕が準備完了なことを確認したのかどうかも分からない速さで僕の手を掴んで玄関へと向かう。
「早く行こうぜ!」
「そうだね!」
そんな焦らなくてもと言いたくなった自分を殴りそうになる。
赤音ちゃんが赤音ちゃんでいられるのは、眠りにつくまでだ。
眠ったら次のガチャでアタリを引くまで出てこられない。
しかも二連続で同じ人格は引けないという謎のしばりまであるので、明日は絶対に赤音ちゃんが出ない一日が確定してしまっている。
そう、彼女にとっては貴重な一日をどんなに楽しめたかが重要なのだ。
彼女はインドアな趣味を持っているが、開放的な外の景色を眺めることも大好きなのだ。
ただでさえ短い時間だというのに、趣味に甘えて部屋デートばかりするなんて選択肢は有り得ない。
僕みたいなバカだって、彼女の人生が普通の人より7分の1程の時間しかないということは単純に計算できてしまうのだ。
70年生きる人が7分の1になったら10歳で寿命だぞ?
16歳の僕が70まで生きる事が確定したとしても7分の1にされたら、僕は既に生きていない年齢だということになってしまう。
それだけでも彼女の不遇っぷりが理解できるというのに、彼女の寿命的なものは、7分の1よりももっと悪いのだと思わざるを得ない。
人格7人が等しくガチャ排出されるなら、確かに7分の1だ。
排出率が等しいのであれば、1週間に1度は会えるというのに約1か月で会えたのが僅か2回。
期待値よりも半分以下。
同棲前の邂逅と合わせてもたったの3日しかまだ会えていないのだ。
しかも段々と間隔が遠くなっていくような、そんな不安。
僕のガチャ運が悪いと神様は言いたいのだろうか?
そうだとすれば、赤音ちゃんはあと何日、僕の前に姿を見せてくれるのだろう?
何日、生きることを許されるのだろう?
彼女が主人格なのに、他の人格に人生の大半を乗っ取られてしまう。
そんな人生を悲観せず受け入れられるものなのだろうか?
『珍しく真面目だね』
もっちゃん、僕だって悪魔じゃないんだから人の心はあるよ。
まあ、結論。クズでクソ野郎な僕には到底受け入れがたい境遇だよなってことだ。
『深沼くんがクズでクソ野郎だったら、それ以下の人はどう呼べばいいんだろ』
はあ? 僕が最下位にきまっちょるでしょうが!
『思い込みもここまで来ると厄介極まりないってやつね』
そりゃ、クズですからね。
『深沼くんって、バカに付ける薬はないって痛感させてくれるから凄いよ』
えへへ、ありがとう。
『誰も褒めてないし……』
「何か考え事か?」
僕ともっちゃんの会話が長いと、どうしても不自然な間が生まれてしまう。
赤音ちゃんは心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「んん? ああ、僕がどうしようもないクズでクソ野郎な性格だってことを思い出していたのさ」
「はいはい、一人で悲観するくらいなら俺に吐き出した方が楽だぞ?」
本当は赤音ちゃんのことを考えていたんだけどな。
「僕の地味な学校生活を聞いたって面白くもないんだけどね。掻い摘んで話そうと思ってたけど、そんなに詳しく聞きたいもん?」
「恋人が興味があるって言ってんだから、教えてくれたっていいだろ?」
「まあ、赤音ちゃんがそう言うなら入学式の時に感じていた気持ちってやつを話してみようかな……」
『私以外の意見を聞くのも重要!』
ま、もっちゃんもそう言うなら自分語りしていきますかね。
8階のエレベーターを待ちながら僕は先月の上旬という少しだけ過去を回想しながら赤音ちゃんに語った。
――4月8日、入学式。
それは、僕が赤音ちゃんに助けてもらう少し前。
僕は超高校級のクズ野郎ということで例の学園に入学するわけでもなく、普通にと言っては失礼な話だけど、超進学校の大庭高校へ向かった。
桜並木が花びらを風に運んで春を告げても、ただ単にピンクだなと思うどころか、全てが色あせたモノクロの風景に見えてしまっていた。
つまらない。
退屈だ。
高校受験なんてするんじゃなかった。
そんな気持ちを態度でも表したいのか、僕の体は常に猫背で、スクールバッグの重みで沈んでいくかのようにノロノロと歩いた。
俺、2時間しか寝てないわ〜ってイキりたくなるくらいに目の下に隈ができてるのも今朝の鏡を見て知っていた。
何で生きてるんだろうね?
『その内、本当に死ぬよ?』
あははっ!
そん時は盛大に祝ってね!
『はいはい、バカ言ってないで学校へ行こう』
まー、もっちゃんの頼みなら仕方ないか……。
『行けば何かあるかもだし』
そんなもの何もないんじゃないですかねと思いながら、前方で楽しそうに会話する生徒を見つけた。
その明るい系の女子と、おっとり系の女子は新入生らしく、同じクラスになれたらいいねなんて会話をしていた。
ほおん、君らのクラスが別々になることを祈ってるわ。
『悪趣味……』
そだね……。
そんな悪趣味な僕から去っていかないもっちゃんも結構な悪趣味なんじゃないかと思った。
悪趣味な僕に悪趣味だと自覚させるなんて、とんだ嫌味な性格の持ち主なのだから。
だがそれがいい。
僕にはそれが心地よかったし、僕のこんな悪辣な気持ちを受けても一緒にいてくれるのは、もっちゃんだけだと信じていた。
愛と勇気だけが友達というボッチなヒーローもいることだし、僕ももっちゃんさえいれば十分かな?
そんな事を考えていたら、今度は野郎二人が僕を追い越していった。
チャラい系とゴツい系だ。
そして、彼らも新入生女子二人の楽しそうな会話を耳にした。
俺らもこんな時期があったよなとか、どうやら先輩らしい。
で、俺らは別々のクラスになっちまったけどなという流れになった。
そして、それを聞いてしまったおっとり新入生が不安になってしまった。
同じクラスになれなかったらどうしようってオロオロし始めてしまったのだ。
そりゃ悪手だろ蟻……いや、先輩。
あーあ、明るい系の新入生がめっちゃキレて先輩につっかかってるよ。
いいぞー!
もっとやれー!
『他人の不幸の味、美味しい?』
すっげー美味い!
『不純だけどガソリンになるだけマシってことかな』
ん? どゆこと?
炎上案件?
『何でもない……』
そう?
ってあれ?
何か向こうは炎上してないぞ?
先輩二人は素直に謝罪して、何事もなかったどころかREINまで交換して仲良くなってしまっている。
あれれぇ? おかしいぞ?
僕の名推理では修羅場が始まる予感だったのだが、何を間違えた?
というか神様、仕事してる?
こんなところでラブコメなんて発生させなくていいよ?
僕の心のサムネは、白髪ジジイの『戦が始まる』ってコメントだったのに……。
『とんだ迷探偵もいたものね。良かったじゃない迷宮入りになるよりは』
ネクスト湖文ズヒント!
破滅!
『それもう、ただの願望でしょ……』
じゃあ、どんな凶器を言えばよかったかねぇ?
鉈とか斧とか?
『探偵どころか犯人ね。ひぐらしがなく頃には深沼くん、逮捕されるんじゃない?』
嘘だっ!
そんな僕ともっちゃんの楽しい会話はもっと続くと思っていた。
背後から声がかけられる前までは。
「他人の不幸の味は美味しいですか?」
もっちゃんのような質問に、僕の体は思わずビクリと跳ねた。
そして、振り返る。
編み込みハーフアップのお嬢様がそこにいた。
親ガチャSSRであろう存在が鼻につく。
親の財力で不幸なんて簡単に潰してしまえそうな存在が、もっちゃんと同じような言葉を使うことが許せない。
こんなやつ無視だ。無視。
「ざまあみろって顔をしていたかと思えば、期待通りにならなくて面白くないって顔をしていましたよ? 性格悪すぎではないですか?」
ウザい、新手の宗教勧誘か何かかよ……。
「しかし、残念でしたね。大切なのは、失言してからの先程のようなフォローだと私は思います。では失礼します」
ブチッと何かが切れる音がした。
「お――」
僕の声に振り返った親ガチャSSRお嬢様が不思議そうに首を傾げた。
しかもその顔は苛立ちを感じているような表情も浮かべていて余計に腹立たしい。
彼女は僕が話しかけたのではないと理解すると、再びお嬢様オーラをふりまきながら学校へと向かっていった。
本当は言いたかった。
お前もたった今、失言していてブーメランなの理解しているかって。
でも、もっちゃんが僕を止めてくれた。
性格ガ悪イダ?
歪ンデ何ガ悪イ!?
オマエハ、友達ヲ目ノ前デ殺サレタコトガアルノカ?
コンナメニ遭イタクナカッタラ、オマエハ大人シクシテロト脅サレタコトガアルノカ?
オマエハ、告ゲ口シタラ殺サレル環境デ、監視サレテイル環境デ、コンナ風ニ平然ト生活デキルノカ?
笑ッテイラレルノカ?
そんな僕の心の怒りをもっちゃんは鎮めてくれた。
『悪口を言うのはダメ。愚痴なら私が聞いてあげるから、そこまで堕ちちゃダメ』
ソウ……ダネ……。
ズキズキと頭が痛んだ。
こんな気分になるくらいなら、中学時代に内申点を稼いで、超進学校に受かってお母さんに喜んでもらおうなんて思うんじゃなかった。
それで犯罪組織から手を引いてくれるだなんて、所詮は甘い考えだったのだ。
クソ親の子供はクソ。
はっ、どうせクソでクズですよ。
あんたみたいなお嬢様と違ってな。
そんな怒りすら燻った灰色の気持ちで、僕は学校へと向かったんだ。
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