親ガチャ失敗と多重人格
僕の目の前に朝ごはんが並ぶ。
カツオのたたきサラダ。
だし巻き卵。
豆腐と揚げの味噌汁。
ほっかほかの白米。
「おあがりよ」
自信満々に赤音ちゃんが僕に告げる。
口調が乱暴なのに、女子力高いのも赤音ちゃんの魅力だよなぁ。
しかし、おあがりよって料理漫画の主人公かな?
「それって、僕がおはだけしちゃってもいいって暗に言ってる? 某料理漫画のように全裸になっちゃうよ?」
「ああ? どっかの泥棒みたいにトランクス一丁でダイブしてきたら対空コンボいれるけど、いいのか?」
「いや、それ、体力ゲージ何割削られるんすかね……」
「湖文なら即死だな。即死」
「十割でござったか……」
「ま、冗談はさておきだ。冷めないうちに食べてくれ」
「頂きます! ぅんまぁぁい!」
即落ち2コマ漫画の如く、僕の口の中の幸せセンサーが崩壊する。
表情筋が緩みきって、目が自然と垂れ下がる。
そして後は表情が固まって無言。
ハムッ、ハフハフ、ハフッ!
僕は勢いに任せてご飯をかき込む。
「どうだ? 俺みたいなメシウマの彼女でよかっただろ?」
僕はコクコクと頷く。
「ニシシっ! ありがとよ。美味そうに食ってくれるだけで俺も嬉しいぜ」
そう言ってから食べる彼女の姿は、豪快の『ご』も見当たらないほどに姿勢正しく食べている。
自分の育ちの悪さと、彼女の育ちの良さを比べられてしまうようで恥ずかしい。
誰も見ていなくても、こんな彼氏で本当によかったよかなと思ってしまう。
「ああ……癖になってんだ。音を殺して食べるの」
「何処の暗殺一家のエリートですか!?」
「全く、こうやってふざけてやらないと、すぐ湖文はネガティブ思考に落ちるからなぁ」
前のめりになった赤音ちゃんがデコピンを入れてくる。
「イダっ! そんなに僕、落ち込んでた!?」
「見りゃすぐに分かるって」
「陰キャオーラの絶を習得しないとダメかぁ……」
「むしろ明るくするって方向に持ってこうとは思えないのか?」
「え〜、少し影のある人間の方が格好よくない?」
「最初から格好は良くないから安心しろ」
「なんてこった!」
僕の顔面偏差値低すぎぃ!?
「しかも湖文の場合は無駄に明るく振る舞おうとするから、落差でバレバレだぞ?」
「ぐぬぅ……」
こんなに陽の者を演出してもバレるなんて、さすが赤音ちゃんだ。
「あ〜、俺、俺、言ってたポジティブだった頃の湖文が懐かしいな〜」
「オレオレ詐欺? それとも『お前の前の棚のオレオ取ってオレオ』ってやつ? いやいや、そんな頃があったなんて僕には信じられませんな〜。イタタ……」
どこのパチモンの深沼湖文よ。
ちなみに、もっちゃん先輩、そんな時代が僕にあったなんて知ってる?
『該当データは削除済み』
ありゃま……。
んじゃ、あったのね?
『ノーコメント』
んー、まあ、言いたくないなら構わないけどさ。
そんな深沼湖文くんがいたら僕は距離置きたい感じだね。
仲良くなれそうな気がしないってやつだ。
僕ともっちゃんが心の中で会話をしていると、赤音ちゃんはパチモン深沼湖文を思い出してほしそうな、寂しそうな顔を一瞬だけ覗かせた。
「ま、あんなことがあれば覚えてないのも無理はないか……」
「僕が小学生の時に君に約束したってやつ?」
「そ、俺らは小学生の時に知り合った。家族ぐるみってわけじゃなかったけど、幼馴染ってやつに含まれんのかな」
「まあ、含まれるんじゃない?」
「俺は強くなって、お前を助けるって決意した。ようやくそれが叶ってこんな暮らしをしているわけだが、なあ? 迷惑じゃなかったか?」
「まさか! 長年の呪縛から解放されてスッキリってやつさ! 感謝だってしてる!」
そうさ。
僕のために修行して犯罪組織壊滅できるほど強くなってくれたなんて感謝しかない。断言できる。
だけど、赤音ちゃんは僕の言葉を聞いても不安のままだ。
「いや、それはそうかもしれないが、俺はこんな体質だし面倒だろ?」
「多重人格のこと?」
「ああ、他の人格のせいで湖文に迷惑かけてるんじゃないかと思うとな。ちょいと罪悪感が芽生えるぜ」
迷惑……か。
まあ、迷惑は迷惑だったかもしらん。
「確かに
「ん?」
「
「おい……」
「
「ちょ、待てや……」
「
「湖文?」
「
「…………」
「
具体例を熱弁していると、赤音ちゃんが眉をピクピクさせてこっちを見ている。
あるぇ?
「ほお? いつの間に『ちゃん』付けで名前を呼ぶようになったんだ? しかも聞き間違いか? 白亜に至っては馴れ馴れしく呼んでいたように思えたが?」
いやいや、馴れ馴れしいとかそんなんじゃないってばよ。
「違うって! 聞いてよ赤音ちゃん! 白亜がさあ、『深沼氏は古参ぶってもファッションオタクなのが見え見えでゴザルな。デュフッ!』ってバカにするんだよ! 何か道具を出してよ!」
「俺はドラちゃんじゃねぇ! ってか、質問に答えろや! ドラァ!」
「みこちっ!」
殴られて思わず変な声が出てしまった。
きっとさっきそれっぽい単語を言ったせいだな。うん。
「湖文くん、他の人格に嫌われてると思ったら随分と仲良さそうにしてんじゃん?」
「いや、ハハハ……。何のことでしょうかな? 僕はただ、赤音ちゃんと同じ体を共有している『彼女』たちを『束東さん』と一括にするのもどうかと思いましてね……。へへっ、へへへ……。本人の前でちゃん付けなんて言ったことはないっすよ?」
「ほう? 神に誓ってか?」
「も、もちろんっすよ」
ねえ? もっちゃん?
『ん? 確か煽られた時に『白亜この野郎!』とか叫ばなかったっけ?』
うえ!? マジで!?
僕の目の泳いだ瞬間を赤音ちゃんは逃さなかった。
俺でなきゃ見逃しちゃうねって、そんな勘のいいガキは嫌いだよって、そういうことじゃなくて、あわわわわわっ!
『今日の日はさようなら、また会う日まで♪』
もっちゃん、その曲は止めて!
「何処へ行くんだぁ?」
瞬間移動のように背後に回った赤音ちゃんが伝説の野菜人のような圧で、立ち上がって逃げようとする僕の肩を掴む。
「お、お前と一緒に避難する準備だぁ……」
僕は思わずノリで野菜人の父親と同じセリフを言ってしまった。
「一人用のポッドでかぁ?」
ネタがバレバレだったのか、その先のセリフも合わせてきやがったよ。
こんな時、何て返す?
野菜人の父親のセリフはもう最後の断末魔しか残ってないぞ!?
死ぬ……。
生きたい……。
生への執着と、不可避の死との境界で、かつてなく、めまぐるしく働いた脳細胞が導き出したのは、通常であれば選択し得ないものだった。
「コムギ……粉?」
助かりたい一心で選んだ答え。
それは、赤音ちゃんにとっては全く関係ない人物の名前だった。
というか、食材だった。
「正解しようとして、本当にどうでもいい答えになってんじゃねーか!」
「ホゲチっ!」
朝食中だというのにボディブローからの顎へのショートアッパー、そこから龍が登るが如く浮き上がるアッパーカット。
間違いなく真なんちゃら拳がクリーンヒットして、僕は吹き飛ばされて顔面から床に叩きつけられる。
途中、キラキラと、ほんのちょっと胃の中身が逆流して、僕の体を色違いポケ○ンのように煌めかせたのも撮れ高的においしかっただろう。
『見事な車○落ちね。芸術点をあげたいくらい』
だよね! だよねっ!
って、フィギュアスケートの芸術点的にはトリプルアクセルしたところで転倒してマイナスっしょ! あれっ!
それ以前に僕、死ぬとこだったんですけどぉ!?
ってか、もっちゃんじゃなくて、赤音ちゃんに弁明しなきゃ本当に死んでしまう!
僕は倒れた姿勢のまま釈明会見を開いた。
「ま、待って、誤解だ!」
「ああん? ここは8階だぞ? 頭打っておかしくなったか?」
さすが赤音ちゃん!
王道のボケ!
ベタ中のベタのインベタの更にイン!
溝落としかよ!
「いや、その5階じゃなくて誤解!」
「何が誤解だって? やましいことあったから動揺したんだろうが」
「やめて! このままだとナメッ○星人のように口から卵でちゃいそうだから! マジで国際孵化しちゃうから! そう、朝食に罪はない! 君は自分で作った料理が無駄になってもいいのかい!?」
『もう火炙りにされた調理済みの卵だったけどね』
もっちゃん、シャラップ!
「まあ、いいだろう。確かに料理を台無しにするわけにはいかないからな」
「よっしゃー! 助かったー! 食事再開だー!」
僕は元気良く立ち上がり、大喜びで再び食事を再開した。
「だけど俺の嫉妬が簡単に消えたと思ってくれるなよ?」
「
バクバクと食べながら僕は頷く。
「はぁ、お前の根性を叩き直すのは骨が折れそうだなあ?」
何を今更。
僕は口の中のカツオやら、白米やらを飲み込んでから赤音ちゃんに告げる。
「そりゃそうでしょ! 何せ入学式の自己紹介で『親ガチャ失敗した深沼湖文です』って自己紹介してドン引きされた僕だよ!?」
「ああ、あれな。
「そっか僕を助ける時にクラス委員長と連絡とったって言ってたもんね。外出してそこんとこ詳しく語り合っちゃったりする?」
「そうするか。ゴールデンウィークも過ぎてて行楽って気分でもねーし、まずはシャバの空気を味わって、適当にブラブラデートしてから『シャングリ・ラ』に行こうぜ!」
『シャングリ・ラ』とはゲームセンターの名前だ。
『知ってるから説明いらない』
もっちゃん、シャラップ!
「ほんと君たちってゲーム好きだよねぇ」
「
昔、赤音ちゃんに仕えていた執事の剛田さんは、『シャングリ・ラ』の店長代理をしているムキムキの男性なのだ。
『だから知ってるってば……』
「まあ、他の人格の皆も『シャングリ・ラ』が好きなのって、剛田さんに会いに行ってるってことなのかね?」
「んー、俺と同じでゲーム好きが半分、剛田目当てが半分って感じじゃねーかな?」
「そっか」
「んじゃ、色々と暴れちまったが食事をさっさと済ませちまおうぜ」
「ほいほいっ」
そんなこんなでプロレスちっくでバイオレンスな朝食の時間を過ごした僕らなのでしたマル。
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