第7話 エルエル教総本山へ行こう

 私が知っているエルエル教と実際のエルエル教は全く違うものらしい。

 少なくとも、マリン姫が指導者となってからは世間が思っているエルエル教とは異なる形になってしまったそうだ。あくまでもユイさんの言っていることを信じるのならという仮定の話ではあるのだが。

「そう言うわけで、今日はこれからマリン姫のところに行きますよ。準備はいいですよね?」

「ちょっと待ってください。いきなりそんなことを言われても準備なんて何も出来てないんですけど」

「カトリーナはそう言うと思ってましたよ。でも、そんな事は関係ないです。さあ、いざエルエル教の総本山へレッツゴー」

 ユイさんは有無を言わさぬ勢いで私の手を引くとそのままバルコニーまで連れて行かれ、飛行魔法を使って私をエルエル教の総本山まで送ってくれたのだ。

 私の知っている限りでは飛行魔法を使える魔法使いは二人しかいない。そのうちの一人はもちろんユイさんなのだが、もう一人は伝説の魔獣を連れて火山の火口へと飛び込んでいったという事だ。つまりは、生きている人で飛行魔法を使えるのはユイさんだけという事になる。浮遊魔法を使える人はそれなりにいるようなのだが、今みたいに空を飛んで移動することが出来るのはユイさんしかいないと思う。

「もうそろそろ着きますけど、カトリーナは体調大丈夫ですか?」

「答えるのも嫌になるくらい絶不調です。慣れない空の移動は気持ち悪い」

 あらかじめ空を飛んで行くことがわかっているのだったら朝食なんて食べなかったのだが、こうなってしまってはもう遅い。空を飛ぶのは本来心地良いものだと聞いているのだけれど、ユイさんと一緒に飛ぶ時はどんな乗り物よりも早く一直線に進んでいるので内臓が全て足の方へと押し潰されている感覚になってしまう。たぶん、目的地について少ししたら前みたいに胃の中の物を全てぶちまけてしまうんだろうな。いつか王都で嘔吐する姫とか言われちゃうんだろうな。

「そのダジャレは少し面白いですね。さすがカトリーナです」

 何だろう。褒められてるのに全然嬉しくないや。


 エルエル教の総本山に着いた私達はそのまま中に入るような真似はせず、ちゃんと落ち着いてから向かうことにしたのだ。何か粗相をしてしまっては危険だし、場合によっては外交問題に発展する恐れもあるだろう。私は大人だからそういう事はわきまえているのだ。

「どうですか。大丈夫そうなら中に入りますけど、戻しちゃいそうな感じですか?」

「心配ありがとうございます。今回は大丈夫そうです。何回か一緒に飛んでるから慣れたんですかね」

「そうだといいんですけど。あんまり無理はしないでくださいね」

 基本的にユイさんはいつも優しくて心配をしてくれるのだ。ただ、時々嫌がらせじゃないかと思えるような事をしてくることがあるのだ。アイドルコンテストに私を参加させようとする行為がまさにそれなのだが、ユイさんは本気で私のために参加させていると思っている節があるのだ。確かに、私はウェルティ王国の姫になる前から皆に可愛いとは言われてきていたのだが、誰かと競い合うような場に出るという事までは考えていなかった。

「まあ、遅かれ早かれ世間もカトリーナの魅力に気付くことになるわけですし、今回のアイドルコンテストに参加するのもありだと思いますよ」

「だから、私の心を読んで返事をするのはやめてよ。いつも読んでるわけじゃないと思うけどさ、何も言ってないのに答えられるとビックリしちゃうでしょ」

「いつも読めるわけじゃないんですから読めた時はちょっと答えちゃうんですよ。でも、カトリーナが私の事を悪く思ってないってのは知ってますからね」

「そういうのもわざわざ言わなくていいって」

 そんなことを言っている場合ではなく、せっかくここまで来たのだから中に入らないと何も話は進まない。そう思いながらユイさんの後をついて行くのだが、なぜかユイさんは正面入り口を無視してそのまま壁沿いに歩いているのであった。

「なんで入り口から入らないんですか?」

「あそこから入るとマリン姫のところに行くまでに何度も検査を受けないといけないんですよ。たぶん、カトリーナだけだったら一回の検査で済むと思うんですけど、私はそうもいかないんですよね。エルエル教にとって私は忌むべき相手っぽいですからね」

「え、それってどういう意味なの?」

「よくわからないんですけど、私の事がエルエル教の経典に三大魔王の一人として載ってるらしいんですよ。ちなみに、色欲大魔王の事は何も載ってないそうです。なんで私が載ってるんでしょうね。ホント不思議ですよ」

「それって、ユイさんが私のところに来る前に何かやってたって事なんじゃないですか。例えば、はるか昔のこの世界で何かやらかしていて、その影響でエルエル教の経典に三大悪として載ってしまったとか」

「その可能性はありますね。さすがはカトリーナです。同じ世界に再びやってくることは無いと思ってたんですけど、その思い込みは間違いのもとだったかもしれないですね。次からはあんまり破壊活動は控えるようにしないとですね」

「いや、控えるというか、破壊活動はやめた方がいいと思うけど」

 そんなことを話している間に目的の場所へ着いたようだ。

「さあ、ここが目的の場所ですよ。思いのほか早く着きましたね。やっぱりカトリーナと一緒だといつもよりも早く感じちゃいますね」

「私はここに来るのが初めてだから違いがわからないけれど、ここからだとマリン姫のもとへ早く行けるって事なのね」

「そうですよ。あっという間に会えると思いますよ」

 あっという間に会えるというのが本当なのだろうかと不安になるくらい無防備な場所に思えるのだが、何より不安になるのが表札代わりに“マリンの部屋”と書かれたプレートが設置されているのだ。こんなにあからさまなトラップも無いだろうと思いながらノックをしているユイさんを見ていたのだが、ドアの向こうから透き通るような声で返事が聞こえてきてゆっくりとドアが開いていったのだった。

「もう、遅いですよ。こんなに遅いと思わなかったから今日は来ないと思っちゃったじゃないですか。さあ、そんなところで立ち話もなんですし、中に入ってくつろいじゃってくださいね」

 ドアから顔を出して私達を見ている女性は私よりも年上なのだろうが、そこまで大きく離れているように思えなかった。私とユイさんはそのまま部屋の中に入って行ったのだが、部屋の中には大小さまざまな水晶が乱雑に置かれていたのだ。もしかしたら配置に何か意味があるのかもしれないが、私にはその真意は掴みきれなかったのである。

 私とユイさんは三人掛けのソファに案内されたので座ることにしたのだが、こんなにスペースがあるというのにユイさんは私のすぐ隣に座りだしたのだ。空いているスペースに誰かが座るなんてことは無いのだが。

 私達が席に着くと招き入れてくれた女性は良い香りのするお茶を私達のために淹れてくれたのだ。少しだけ体調が悪くなっていた私はその香りを嗅いだだけで楽になってきたのだが、それを一口口に含んだだけで気持ち悪さはどこかへ消えてしまっていた。

「今日は遠いところからわざわざお越しいただいてありがとうございます。カトリーナ姫とはお初にお目にかかることになると思いますが、私はエルエル教で最高指導者をやらせていただいているマリンと申します。どうか、マリンちゃんって呼んでくださいね」

 何とも気さくな指導者だなと思っていたのだが、さすがにマリンちゃんなんて呼べるはずもないと思いながら残りのお茶を飲み干してしまったのだった。

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