第51話 「リエラちゃんを返して?」「いいよ」って言えば済むんじゃねえの?

 カートライト公を庇うように、六郎に対するレオン。


 そんなレオンの姿を、六郎は面白そうに笑っている。勝負に割り込まれた事は気に食わなかったが、それ以上に――


たぁ余裕じゃな」


 レオンが発した先程の言葉が、だと分かったからだ。


 父であるカートライト公がこの先、にとって必要だという発言。


 の行く末を案じるという事。つまりこの戦いの後、の心配をしているのだ。


 六郎に勝たねば、先の話など無駄以外の何物でもない。先の心配は六郎を倒すというレオンなりの意思表示。


 そして父親がにとって必要だという発言は、で国を立て直していく、という意思表示でもある。


 自分への挑発、そしてフォンテーヌを自らが粛清する、という二つの意味を持つ発言。


 優柔不断な印象が強かったレオンから発せられたその言葉に、六郎は戦いの熱を感じ嬉しくてたまらないのだ。


「お前と違って、これから色々大変なんだよ」


「骸んなるんやけ、そげな心配必要なかろう?」


 挑発には挑発で返さねば、気が済まないのが六郎だ。


 そしてそんな挑発に「随分な自信だな」とレオンは片眉だけを上げて、六郎に歯を見せている。


「そらぁ、やる前から負ける気がある莫迦なんぞ、サムライやねぇやろ」


「それは騎士とて同じことだ」


 お互い笑いあったままの二人――


 不意にレオンの後ろで、淡い光に包まれるカートライト公。


 その見覚えのある光景に、六郎が視線をレオンの後ろへと向けた。その先にいたのは――


「ちょっとロクロー! アンタこの国潰す気なの?」


 と何故か玉座に座ったまま、眉を吊り上げるリエラの姿だ。……だだ見慣れた僧服ではなくドレス姿だが。


「おうおう、元気そうで何よりじゃの……が、


 口を尖らせる六郎に――


「アンタぶっ飛ばすわよ! アタシが千年掛けて育てた世界の国を、たった一日でぶち壊されたら堪らないわ!」


 ――リエラが吠えている。


 ちなみに育てたと言っているが、千年の間やっていたことと言えば、ダラダラと過ごし、たまに役に立たない召喚者を送り込んでいただけなのだが……。


「相も変わらず訳ん分からん奴じゃ」

「……女神様設定は固定なのだな」


 六郎とレオンの二人が、顔を見合わせ肩を竦める。


「ちょーっと! アンタ達今アタシの悪口言ってたでしょ! 聞こえてるんだからね!」


 玉座に座ったままプンスコ怒るリエラを見て「……地獄耳も健在やの」と、六郎が苦笑いを浮かべて視線をレオンへと戻した。


 視線がかち合った瞬間、レオンが肩を竦め口を開く。


「戦う理由は聞かなくてもいいのか?」


「今更そんなもん要らんめぇが?」


 眉を寄せる六郎に、「理由なく剣を振るのはお前くらいだよ」とレオンが苦笑い。


 ひとまずカートライト公との勝負はレオンに預けたとばかりに、六郎が刀を鞘に戻した。


「不思議な剣だな……」


「ん? ああ、刀っち云うてワシん国の武器じゃな」


 スラリと再び抜かれた刀身。怪しく煌めくその輝きに、レオンが「漸くお前の本気が見られるのか」と目を輝かせている。


「阿呆、本気やなかった事なんて一度もねぇの……殺るからには全力じゃ……たとえ武器がなくともな」


 笑う六郎に。「……それもそうだな」と自分が六郎を貫いた時を思い出しているレオン。


 あの時こうなることを予想していただろうか……何も考えていなかった。だが今は――リエラを危険から遠ざけると言う思いがレオンを戦いへと駆り立てている。


 それは友との約束であると同時に、国の姫を任せられないと言う思い。


 そんな思いを知ってか知らずか――


「主ん性格なら、黙ってリエラば返すかち思うとったが?」


 レオンとリエラを見比べて呆れたような表情をこぼす六郎。


 そんな六郎にレオンが小さくため息をついた。


「リエラ嬢の命を狙う集団があるんだ。お前に任せるよりは、俺が、俺たちが国で守る方が余程良いだろう?」


 胸を張るレオンの後ろで、玉座の上に飾られた旗が吹き込んできた風に揺れる。


「ワシ一人にぶっ潰されそうな国が、よう云うわい」


 翻る旗に鼻を鳴らし、つまらなそうに視線を外す六郎。


「そのお前を俺が止めれば、全てチャラだろう?」


 視線の先でニヤリと笑うレオン。その笑顔には六郎も口角を上げて返す。


 六郎の表情に、思いが通じただろうことをレオンが察する。


 欲しければ超えていけと――


 そんな二人の奇妙なやり取りを、「アンタ達戦う必要ないでしょ?」とリエラが玉座の上で頬杖をついてジト目で眺めている。


「戦わねば、進めぬ道もあるのだよ」


 振り返ったレオンの真下で、カートライト公が上げる小さな呻き声が玉座に響き渡った。


 その存在を思い出したように、レオンと六郎、二人同時に視線を投げた先では――致命傷だった傷がほとんど癒えているカートライト公の姿。



 淡く光るカートライト公を眺める六郎が、一瞬眉を寄せもう一度リエラに視線を投げた。


「お前妖術ば使えるんやったら、わがで逃げてきたら良かったんやねぇんか?」


 その言葉に、リエラの肩がビクリと跳ねた。


 実際レオンの頼みを聞く形で、カートライト公を助けるために枷を解いてもらった。だが、六郎の言う通りわざわざ助けず逃げるという選択肢も頭にチラついた訳ではない。


 枷を解かれ、六郎と挟み撃ちでレオンを倒しても良いかも知れない。


 魔法で目くらましをし、湖へ逃げても良かったかも知れない。


 魔法という武器が解放されたことで、様々な選択肢が生まれた。


 それでもその選択をしなかったのは――


「……いいじゃない。折角アンタが助けに来たんだし」


 ――六郎が来てくれたという事が嬉しかったからだ。


 頬を膨らませ、視線を外すリエラに「何かそら?」と六郎が眉を寄せる。


 そしてそんなリエラの思いが、伝わる六郎では無いことは分かっている。


 それでも自分が囚われ、それを六郎が助けに来てくれた。であれば、折角だし六郎に助けてもらっても良いじゃないか。


 女神と言えど、人間として十七年を生きてきた。


 幼い頃には寝物語で、王子に助け出される姫の物語を聞いたことがある。


 その時は「くっだらなーい」と思っていたが、中々どうして実際その立場になると、助けが来るとウキウキしてしまうのだから、人の心というのは現金だ。


 助けに来たのは優しい王子ではなく、狂気に身を委ねた戦闘マシーンなのだが。


 それでも自分のような捻くれ者を案じ、助けに来てくれた事が嬉しいし、何よりそれすら賭けだったのだ。


 命が助かった六郎が、本当にリエラを助けに来るか……。


 正直に言えば、リエラを助ける必要性というのはない。六郎のこれからの旅にリエラという、狙われるだけの存在は足枷でしか無い。


 それなのに、単身でこの城へと乗り込んできたこと、そしてその目的がしっかりとリエラ自身だったことが嬉しいのだ。


 自分の思いなど伝わらなくても良い、ただ来てくれたことだけで。ならば……折角ならば、助け出して貰うところまでやってもらおう。という魂胆だ。


 それを口にするには恥ずかしく、頬を膨らませそっぽを向くことしかできないのだが……


 今もそっぽを向くリエラに「相も変わらず訳ん分からん奴じゃな」と笑う六郎。



 リエラの照れ隠しが伝わらない六郎に、レオンが大きく溜息をつき「白馬の王子に憧れているんだろ?」と六郎へ意味深な笑顔だけを残し、カートライト公を担ぎ上げた。


「ちょっと、レオン! いい加減な事言ってると怒るわよ!」


 真っ赤な顔をしたリエラが眉を吊り上げ、「もう怒ってるじゃないか」とレオンが肩を竦める。


 そしてそんなリエラもレオンの言葉も、


 玉座へと歩いていくレオンとリエラを見比べ、首をひねる六郎に


「アタシが応援してるから、レオンくらいぶっ飛ばしてさっさと連れて帰りなさい。ってことよ」


 頬を染めたリエラが、玉座で偉そうに腕を組む。


「おうおう、ほなそこで笑って見ちょれや」


 笑う六郎に、リエラも笑顔を返す。


 そんな二人を呆れたような笑顔で見ていたレオンが、カートライト公を玉座の後ろへと寝かせる。





「別れの挨拶は済んだのか?」


 玉座への階段を、ゆっくりと降りて来るレオンが、剣の柄に手をかけた。


「別れの挨拶はせん主義での……それに――」


 六郎も刀の柄に手をかける。


「――ワシとリエラが別れるには、まだちぃと早えの」


 獰猛な笑顔の六郎を前に、レオンも今まで見せたこともない顔で笑っている。


「ロクロー、巻き込んだことは済まないと思っている……が、。お前には殺らせはせん」


「戯言を――優柔不断の坊主が、誰に向かって物を云うとる」


 迸る闘気が、二人の間の空気をビリビリと震わせる。


「今までの俺だと思うな……」


 抜き放たれたレオンの剣が、薄っすらと光り輝き始める。


「ならば、そん剣で証明せぇや」


 六郎が腰を落とし、引いた左足に力を込めていく。


 膨れ上がる闘気に、震える空気。その圧に耐えられないように天井の照明が一つ弾けた――


 消える二人の姿、遅れてくる踏み切りの音――



 六郎に向けて振り下ろされるレオンの剣

 迎え撃つは六郎の抜き打ち。


 刃が交差した瞬間、レオンの剣が放つ光が爆ぜた――

 その光に弾かれたように、六郎が大きく後ろへと吹き飛んだ。

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