第49話 何処にいるか分からないので全部の扉を開けてます

 その頃、王城の一室では――


「一体何がどうなっている……」


 親指の爪を噛みながら、忙しなく室内を行ったり来たりするフォンテーヌ公。先程兵士からの伝令で、冒険者ロクローが城門の跳ね橋を壊し、城壁内へと侵入したと報告を受けた。


 その迎撃にジルベルトや多数の騎士が向かったと聞いたのだが、待てど暮らせど討伐報告が来ないのだ。


 迎撃部隊と六郎の戦場が城の入口前の広場であり、そしてこの部屋が城の中でも奥まった所にあるため、外の様子は分からない。


「……相手はたった一人だぞ」


 広い部屋をウロウロとするフォンテーヌ公は、髪を掻きむしりながら、チラチラと入口扉を見ている。


「……少しは落ち着かれよ」


 不意にかけられた声に、フォンテーヌ公がそちらを見やる。


 視線の先には、見覚えのある後頭部と背もたれから除く


「これが落ち着いていられますか……陛下の留守中に賊の侵入を許したのですよ?」


 その背中に向けて、フォンテーヌ公が声を荒らげた。


 王の留守と言うが、別段王が何処かに行っているわけではない。病気で立ち上がれない王の代わりをフォンテーヌ公が務めていると言うだけだ。


「そもそも卿のご子息が、あの時しっかりと殺しておけば――」


 その言葉に、カートライト公が座ったまま振り返った。


「……愚息の不始末は私が果たしましょう」


 射抜くような鋭い視線に、それ以上突っ込むことは無理だとフォンテーヌ公も口を噤む。


 カートライト公もそれ以上口を開くことはなく、部屋には沈黙が訪れた。そんな沈黙に耐えきれないように、再びフォンテーヌ公が歩き回る。


「……ジルベルトもいるのだぞ……時間がかかり過ぎでは――」


 誰に言うでもない呟きに、カートライト公が溜息で答えた。振り向いたフォンテーヌ公の視線の先には、背を向けたままのカートライト公。


「……また落ち着かれよとでも?」

「いや――」


 短く答えたカートライト公に、眉を寄せるフォンテーヌ公。


「……気を揉んだ所で、


 フォンテーヌ公に視線を向けぬまま、カートライト公が机に置いてあるお茶を一口。


「直にあの男はここに現れるかと――」


「馬鹿な! 騎士三部隊に、我が家の――」


 反射的に開いた口をフォンテーヌ公が閉じた。続く「我が家の暗部だぞ?」という言葉をこの場で口にするほど狼狽えてはいないようだ。


 そんなフォンテーヌ公の様子に、カートライト公は振り返るでもなくもう一度溜息をついた。


「たとえフォンテーヌのと言えど、あの男は止められますまい」


 振り向きすらしないカートライト公に、フォンテーヌ公は目を見開いた。「知っていたのか?」口元まで出かかったその言葉を飲み込むフォンテーヌ公を、カートライト公がゆっくりと振り返った。


「……卿は、レオンの……愚息のあの突きを受けて、生き延びられる自信がお有りか?」


 振り返ったカートライト公の真剣な眼差しに、ゆっくりと首を振った。


 先程自分で「お前の息子が殺しておけば」と言ったものの、昨晩のあの突きを見て、生き延びているほうが不思議なのだ。


 勿論話を振ったカートライト公は、レオンが剣をすり替えたことを知っている。それはレオンが突きを放ち、六郎に当たった時の僅かな違和感で気がついたという、歴戦の猛将ならではの気付きだ。


 だが、そのすり替えられた剣を持ってしても、カートライト公自身――


「……であろう? 私も無理だ。……そういう事だ」


 ――あの突きを


 短く呟き再び背を向けたカートライト公。その背中を眺めるフォンテーヌ公は呆然としている。


 歴戦の猛将を持ってしても、致命的な一撃。それを生き延びるだけの強さを持っているのが、六郎なのだという発言。


 つまり、六郎の討伐へと向かった部隊とジルベルトは――


「ほ、報告します!」


 ――不意に扉を叩く音と伝令の声に、弾かれたように振り返るフォンテーヌ公。


「よい、入れ!」


 上ずりそうな声を抑えつつ、額に浮かんだ脂汗を拭う。


 開け放たれた扉。そこから入ろうとしない兵士の顔は、まるで地獄を見てきたかのように青褪め、乾いた唇が小刻みに震えている。


「ぼ、冒険者ロクロー……城門前広場を突破し、王城一階へと侵入――」


 聞きたくない報告に、フォンテーヌ公の顔も見る間に青褪めていく。


「……突破だと? 部隊は? ジルベルトは――」


 上ずりそうな声を精一杯抑え、目を見開くフォンテーヌ公の前で、伝令の兵士が一瞬だけ言いよどむ。


「…………ぶ、部隊は。ジルベルト様も――」


 その言葉に、フォンテーヌ公は言葉を失いただ呆然と立ち尽くすのみだ。


 暫く流れる沈黙を、「報告はそれだけか?」とカートライト公の声が破った。


「――城門前広場を突破した冒険者ロクローは、王城一階において全ての扉という扉を開け放ち、目につく騎士、兵士を皆殺しにした後、現在厨房で何かを物色中であります」


「……み、皆殺し……?」


 兵士の報告を、フォンテーヌ公が呆けたように繰り返した。それは別に聞き返した訳ではなく、ただ理解が追いつかなかった単語を飲み込めなかっただけの自然な吐露だ。


 しかし、目の前で震える兵士は律儀にそれに反応する。


「は、はい……皆殺しであります。立ち向かうもの、逃げるもの、許しを請うもの、全て等しく殺され、隊長格はその首を落とされております」


 その言葉に、首だけになったクリストフを思い出し、フォンテーヌ公は息を吐くのも忘れ押し黙った。


「……誰一人……逃がす気は無い。そう言いたげな凄まじさよ。……我らも覚悟を決めねばなりませんな? ……フォンテーヌ公」


 背中に投げかけられたカートライト公の声に、フォンテーヌ公が弾かれたように振り返った。


 そこには立ち上がり、横に立てかけてあった大振りの斧槍ハルバートを手に掴むカートライト公の姿。


「……か、覚悟? 覚悟など――」


「で、伝令! 冒険者ロクロー、厨房より調達したワインを、殺して回った騎士の口に流し込んでおります――」


 顔面蒼白の新たな伝令。最初の伝令が、その意味不明な内容に「な、何だよそれ……」と更に顔を青くしている。


 ただでさえ恐ろしい六郎なのに、奇っ怪な行動まで取り出したとあっては、その恐怖も倍増だ。


「な、何故そんな意味の分からん行動を――」


「わ、分かりません! 何かのまじないの可能性も……」


 既に大混乱のフォンテーヌ公と伝令達。もちろん六郎の行動は呪いなどではなく、気概のあった騎士達への六郎なりの手向けなのだ。


 戰場において、出陣と帰陣で飲む清めの酒。討ち取った相手と言えど敬意を払える気概を持つものには、酒を振る舞いその気骨ある肉体と魂を清めているだけなのだが、勿論そんな事が通じる訳もなく。


「……何なのだ……一体何だというのだ」


 狼狽え声が上ずるフォンテーヌ公が表すように、不気味なまじないに見えてしまっている。


 そんな中、一人笑っているのはカートライト公だ。酒が好きなカートライト公からしたら、死して尚、酒を振る舞っていただけるのかと、笑いが止まらない。


 意外にも六郎の行動の核心をついているのだが、そんな思いも口にせねば伝わることもなく――


「わ、笑い事ではありませんぞ!」


 顔面蒼白で上ずった声のフォンテーヌ公に詰め寄られてしまっている。


 それでも尚笑うことを止めないカートライト公は、フォンテーヌを手で制しつつ口を開く。


「これが笑わずにはいられますか。相手は己の道理で動いている。つまり我々の道理は通用しない。……そして皆殺しであることを見るに、やはり覚悟を決めねばなりませんな」


 カートライト公が柄を握りしめる音が、部屋に響き渡る。


「か、覚悟ですと――」


 完全に上ずった声のフォンテーヌ公。その肩に置いた手に力を込めカートライト公が、フォンテーヌ公を睨みつけた。


「よもや殺される覚悟もなく、奸計など巡らしていた訳ではありますまい?」


 腹の底から響くカートライト公の声に「な、何のことだか?」と完全に引きつった表情のフォンテーヌ公。


「貴殿の謀略がここまでの大事を引き起こした。私の甘さが貴殿をのさばらせた。殺される兵士や騎士はその被害者だ。その責任を我らは負う必要がある。その覚悟がないとは言わせませんぞ?」


 フォンテーヌ公の肩に減り込んでいくカートライト公の指――ミシミシと音をたてるそれに、フォンテーヌ公の顔面が苦痛に歪んでいく。


「か、カートライト――」


 フォンテーヌ公の悲鳴を掻き消す様な轟音――転がり込んでくる伝令。


「ぼ、冒険者ロクロー、二階を制圧し、現在三階へ、この階へと向かって来ております――」


 その言葉に「来たか……」と呟くカートライト公。


 一瞬緩んだその手から逃れたフォンテーヌ公は、慌てたように扉から飛び出し、周囲をキョロキョロと確認。なにかに気がついたように、カートライト公へと振り向いた。


「わ、私は陛下をお守りします故、ここはお任せいたします」


 冷や汗まみれの下卑た表情を残し、伝令の兵を二人伴いそそくさと廊下を駆けていく。


「……どうしようもない奴だな」


 その姿に呆れた溜息をついたカートライト公も、ゆっくりと廊下へと出る。


 その隣には逃げそびれた伝令が一人。怯えたような瞳で自身をみる兵士に「……を頼もうか」とカートライト公が口を開いた。


「ガイアス・カートライトの名に置いて命ずる。城内を警護している全部隊へ撤退を伝えよ。ここから先は、私とレオンが抑える」


 その言葉に、「そ、それは……」と躊躇う伝令の兵士だが、「早く行け! 私とてそう長く抑えられる相手ではないぞ!」とカートライト公の檄を受け、弾かれたように走り出した。


 伝令が廊下の角へ消えて暫く。反対側の廊下から、何かを引きずる様な音が聞こえてくる。


 ――ズル

 ――ズル

 ――ズル……と。


 時折なにかに当たったように「ガチャガチャ」立てる音は、金属製の何かだろうか。


 斧槍ハルバートを握りしめ、大きく息を吐いたカートライト公。その視線の先に現れたのは――


「おうおう、ようやっと見つけたわい……リエラはどこね?」


 ――小脇に酒樽を抱え、片手にいくつかの首、もう片手に脚を掴んだ騎士を引き摺る六郎だ。


「いやぁ、知っとるごたる奴ばちのめしたんじゃが……気絶してもうての――」


 そう言って酒樽と首を落とし、脚を掴んでいた騎士の兜を叩く。


「こら、起きんね。主ん役目ば終わったけぇ、起きて戦わんね」


 ガンガンと音を上げるほど兜を叩かれる騎士だが、首がグラグラど動くだけで反応はない。


「おおい。起きんね! 早うせねばそんまま――」


「やめておけ。もう死んでいるのだろう……」


 その言葉に「そうか。そいは申し訳なか事ばしたの」と眉を寄せる六郎。


 既に事切れた騎士から兜を剥ぎ取り、その口へ酒樽を傾けた――


 バシャバシャとワインが口へと注がれる様を、カートライト公は黙って見ている。


「――こん騎士はの……部下ば逃がすため、ワシに単騎で向かって来ての」


 酒樽を起こし、「まあ、背を向けた部下とやらは全員殺してしもうたが」と笑う六郎。


「……つくづく化け物よ」


 カートライト公が冷や汗を流しながら笑い、柄を強く握りしめた――


「――リエラん居場所ば聞こうち思うて、生かしたつもりやったんじゃが」


 首を鳴らす六郎が刀の柄に手をかけ――


「ま、主に聞きゃ問題なかろうて」


 ――獰猛な笑みを浮かべている。


 その迸る殺気を全身に浴び、「出来るものならな」とカートライト公が斧槍ハルバートを前に突き出した。

 

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