第35話 え? ワシの見せ場これだけ?
簀巻きにした男を抱えながら、懐から地図を取り出したレオンが顔を顰める。
「くっ……地図が――」
風を受けてピラピラと捲れる地図を、何とか片手で広げようとレオンが試みるが上手くいかない。
そうこうしているうちに、見えてきたのは二階層へと続く昇り階段の終わり。
階段を抜け、続く通路を抜ける中、レオンが四苦八苦しながら地図を広げようと試みるが、受ける風の大きさのせいで広げるどころか保持する事すら難しい様子だ。
手こずるレオンを待ってくれるでもなく、通路の先にはT字の分かれ道。
「左よ!」
顔を顰めたレオンの耳に飛び込んできたのはリエラの声。
一瞬その発言に悩むものの、隣を走っていた六郎は迷うことなく左の通路へと舵を切り、更に加速して進んでいく。
それに置いていかれないように、レオンも切り返しの踏み込みで更に速度を上げ、六郎の横にピタリと並んだ。
「リエラ嬢、合っている……と信じていいんだな?」
「当たり前でしょ? 来た道くらい覚えてるわよ」
六郎の背中で自分のコメカミを指すリエラに「信じるぞ」とレオンが口の端を上げる。
そんな三人、もとい四人を逃さんと通路の先に幾つもの黒い光が頭上の深淵から降り注ぐ――光の柱が収まると、ゾンビやスケルトン、グールにレイスと言った不死者型のモンスターが顕現する。
「く、数が多い! ロクロー、間引くだけで――」
「必要ないわ」
再び六郎の背中から聞こえる声に、レオンが視線を向けた瞬間、六郎の背中で手をかざすリエラの姿。
かざした手の先に出現するのは、先程とは違う、眩い程の光の柱――
光がモンスターに降り注ぐたび、モンスターたちが成す術もなく蒸発して消えていく。
そう、文字通り蒸発していくのだ。
「り、リエラ嬢――」
「あら? これでも僧侶なのよ。成仏なさいってな具合でイチコロよ」
笑うリエラに、「成仏どころか消滅しとんぞ?」と六郎も笑う。
「ここはアタシの独壇場よ。アタシに任せてドンドン走りなさい」
高らかに笑うリエラが手をかざす度、降り注ぐ光の柱がモンスターたちを蒸発させていく。
「お前ばっかり暴れてズリぃの! ワシにも殺らせぇ!」
「アンタはさっき暴れたでしょ! 今度はアタシの番よ」
背負うものと背負われるもの、器用に喧嘩をする二人を眺めながらレオンは少しだけ安堵の息を漏らした。
何とかなるかも知れない……。
止まることなく進みながら、目につくモンスターは文字通り蒸発させている。
ダンジョンが上げる不気味な唸り声は止むことは無いが、スタンピードが起こってしまうほどモンスターは溢れていないだろう。
見えてきた一階層への昇り階段に、自然とこぼれた笑み――もその前に立つ人影をみとめた途端、苦い表情へと。
一階層へ階段から、降りてきたばかりと言わんばかりの四人。
二メートルは越えている
線は細いものの、背が高く伸ばした髪を後ろで結ぶ狐のような顔の男。
小柄で背の低い男は、その背をさらに小さく丸め、まるで殆ど四足歩行かと見紛うほど手をダラリと前に下げている。
そして目深に被ったフードの男。顔も髪の毛も見えないその男だが、歓喜しているかのように口の端を思い切り吊り上げているだけは分かる。
「お前たちは誰だ?」
「答えると思ってんのか?」
指を鳴らす
「今がどんな状況か分かっているのか? ダンジョンクライシスの真っ只中だぞ!」
切羽詰まった表情のレオンを前に、四人の男達が顔を見合わせる。
「ダンジョンクライシスだ? こんなにモンスターが少ねーのにか?」
小柄な男が「ヒヒヒ」と笑うと、それに続き他の男達も失笑を漏らす。
笑う男達の様子にレオンは違和感を覚えた。
格好からして冒険者であろう男達が、この異様な状況に気がついていない訳がない。
そして冒険者が、ダンジョンクライシスの仕組みについて、知らないという訳がない。
「モンスターが少ないだと? 当たり前だ。ダンジョンクライシスで発生するモンスターは、深い階層ほど多いと決まってるではないか」
レオンが言い放つが、全く聞く耳を持たない四人がゲラゲラと笑っている。
レオンの言う通りダンジョンクライシスによって発生するモンスターは、階層が深いほどその数を増やす。
ようは防衛機構なので、コアに近いほどモンスターを出してコアを守ろうという仕組みなのだ。
「これがレオン・カートライトかよ……ただのビビリじゃねーか」
笑う
「……クソ、話を――」
「無理じゃ。あん目ぇば見いや」
顎でしゃくる六郎に促され、レオンが落ち着いて四人の瞳を見つめる。
開いた瞳孔、血走った眼球、そして妙に興奮したように荒い息――
「ドラッグか――」
「相手にするだけ無駄じゃ、切り抜けるぞ」
六郎の言葉に頷いたレオンが、足に力を込め、男達の間をすり抜け――ようとするレオンに向けて振り抜かれる拳。
当たる寸前で、ブレーキを踏みそのまま後ろに飛び退いたレオン。
「逃げるんじゃねーよ。遊ぼうぜ?」
振り抜いた腕をブンブン振り回す
「……人を抱えながら……では些か厳しいな」
「ほな、速攻でぶち殺して、ダンジョンから引き上げるしかねぇの」
リエラを背負ったままの六郎が楽しそうに笑う。
「殺さない方向で行きたいんだが……」
そんな六郎に突き刺さるレオンのジト目。
「そらぁ無理じゃ。どの道こん戯けどもが残っちょったら意味がなかろうが」
獰猛に笑う六郎に「ただ戦いたいだけだろ」との言葉を飲み込んだレオンが、諦めたように溜息をつきながら、肩に担いでいた簀巻き男を下ろす。
それと同時に、六郎の背中から飛び降りるリエラ。
「とりあえず、リエラ嬢がかなりの敵を殲滅してくれたお陰で、時間は幾ばくかある……が、出来るだけ早く終わらせるぞ」
「応さ」
剣を抜き放つレオンの隣で、指を鳴らす六郎。
「リエラ嬢、出来れば後ろの通路でモンスターを狩っていては貰えないだろうか」
振り返ったレオンに
「いいわよ――」
「それは出来ない注文だな」
リエラが頷き口を開いた瞬間、フードの男が笑いが混じった声を上げた。
どこかで聞いたことのあるその声に、リエラもレオンも心底嫌そうな表情だ。
「お前は俺と遊ぶんだ……わざわざダンジョンくんだりまで、俺が来てやったんだからよ――」
フードを取り去ったその男の顔は――
「――なあ。リエラぁ?」
瞳孔が開き、血走った目のクリストフ・フォンテーヌだ。
髪色を染め、付けられた
「名前を呼ばないで……不愉快だわ」
そんなクリストフを前に、リエラは表情を消し、杖をポシェットから取り出した。
「隊長さん、申し訳ないけど、あの莫迦はアタシが殺すわ」
ヒュンヒュンと音を立てて回転する金の杖。一頻り風を切ったその杖がその先端をクリストフにピタリと固定して止まった。
金環の出す「シャラン」という音に、クリストフが「出来るもんならな!」獣の如き顔でリエラを睨みつけている。
寂しそうな表情で、レオンがクリストフを見つめている。
同じ公爵家という身分であるが、殊更仲の悪い両家だ。だがそれでもレオン個人としては、王国に必要な家だという認識はあるし、出来るだけ協力したいと思っていた。
そんなレオンの思いなど知らないのだろう……薬の使用に、立入禁止区画への立ち入り。もはや庇い立てすることすら無理だ。
しかも現状は、スタンピードの引金になりかねない危機的状況。
それを引き起こしたとあれば、公爵家だろうが極刑は免れない。
「……致し方あるまい。せめて一思いにやってくれ」
「あら、それは相手次第よ」
帰ってきた絶望的な言葉に、レオンが首を振るがこれ以上はどうしようもない。
今は自分も相手に向かい合わねばと、残った三人を睨みつけた。
「ほな、ワシの相手はあんデケェ――」
「悪いが、ドラ猫の相手は俺がしよう」
六郎の言葉を遮って、レオンが剣を
口に出された禁句に六郎以外の人間が「マジで……?」との表情をしているが、発したレオンは涼しい顔だ。
そして発せられた当の本人はと云うと――
「猫だぁぁぁぁ? ぶっ殺す――」
――怒りに身体を震わせ、頭上の深淵に向けて雄叫びを上げている。
「やってみろ猫野郎。散々振り回されてさすがの俺も頭にきてるんだ……悪いが本気でいかせてもらう」
向かい合うレオンと
「ぜってぇ後悔させてやるよ――」
「喋らないで。息が臭いわ」
ネチッこい視線を飛ばすクリストフと、能面の様なリエラ。
そして余ったのは――
「なんじゃ……ワシの相手は雑魚やねぇか……ツマランの」
「ヒヒヒヒ。彼我の実力差も分からねーのか」
「レオン・カートライトならばいざしらず、貴様のような男に遅れはとらん」
溜息をつく六郎と、その前で嗤う小柄な男と六郎を睨みつける細身の狐男。
ダンジョンが上げる唸り声に、吹き付ける生温かい風。
まるで巨大な生物の口の中にいるかのような、そんな不快な空気の中、対面する三組がそれぞれに怒りや恨み、殺気に怒気と言った様々な空気を漂わせている。
場に流れる様々な気配。それを一瞬で覆い尽くしたのは、凍りつく程の殺気。
場の空気を全て持っていくほどの濃厚な殺気に、全員が弾かれたようにその出処へ目を向けた瞬間――
「ヒ……ヒヒ……ヒ」
自身に何が起きたのか……それすら分からない小柄な男が、背中から拳を生やしたまま力なく笑っている。
四足歩行のように曲げていた腹を、下から貫かれた小柄な男。
嗤う度、口から血を撒き散らし、背中からもドクドクと血が溢れる。
「……どうした? 彼我の実力差がどうのと云うとったが?」
その腕を引き抜いた
感じぬ痛みの中、細身の狐男がようやく腕の異常に気がついたのは、自身の視界が上下反転した瞬間だった。
腕を千切り、相手の剣を左手で抜き去った六郎が、勢いそのまま回転して横一文字。
一閃されたそれは、見事に細身の狐男の首を飛ばし、あまりの疾さに斬られた男すら何が起きたか分からない程だった。
「……ワシ相手に剣を抜いとらん時点で、主らは雑魚なんじゃ」
ボトリと落ちた首に吐き捨てる六郎。
霧散していく殺気の中、六郎の異常なまでの強さに
薬による全能感は、今の一瞬で僅かに陰りを見せている。
「お前らも、サクッと済ませぇや」
場を支配する空気が再び混沌とする中、まるで自分の仕事が終わったかのように、腕を組んで見るだけの六郎。
「つくづく君とは戦いたくないな」
「ちょとロクロー、その血だらけの手でアタシのこと背負うの?」
と二人ともの反応を見せるレオンとリエラ。
「早うせねば、すたんぴーどっちゃらが来るぞ」
「そうだな。さっさと終わらせるか」
笑う六郎の声を背に、レオンが剣を構え直した。
「来い――格の違いを教えてやろう」
笑うレオンに、一瞬だけたじろいでいた
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