【サムライ無双Web版】傭兵サムライ、異世界に行く〜世界最強の傭兵は異世界でも規格外でした。
キー太郎
第一章 異世界ミーツ サムライ
第1話 プロローグ
日が差さぬ暗い森の中。降り積もる雪をかき分け、白い息を吐きながら男達が練り歩く。
男達が歩く度、彼らの担ぐ鎧と盾が音をたてる。寒冷地でも使用できるよう革の上に貼り付けられた金属がこすれ、ぶつかり、ガチャガチャとけたたましい音を森に響き渡らせている。
普段は暗く静かな森の中、その異様な音に森の獣達は驚き、その気配さえ感じさせない。
革で作られた雨具のフードを目深に被り、鎧と盾を担いで歩く集団。
そんな集団の中にあって、異様な男が一人。
笠に蓑、足にはかんじき。そして腰に刺したのは――一振りの刀。
「サムライ、次の戦いは大変になりそうだぜ?」
「ん? あーえと、モンダイ ナイ。 ワシ ノ クニ、イツモ ソウ」
隣の髭面からサムライと呼ばれた男が、辿々しく答える。どうやら言葉は分かるものの、うまく話すのはまだまだのようだ。
「ヒュー。さすがバトルジャンキーの国は違ぇな」
笑う髭面男が鎧を担ぎ直す。
気がつけば行軍の足並みはゆっくり静かなものになり、それだけで男達に戦場が近いという事を知らせるには十分だ。
少し遠くから音も聞こえ始めている。
縦に並んでいた行軍がゆっくりと横へ広がっていく――森の出口付近、横に広がって陣を組んだ男達がマントを脱ぎ去り、素早く鎧を身につけた。
サムライと呼ばれた男も蓑笠を脱ぎ去り、甲冑姿が顕になる。
「何度見ても不思議なアーマーだな」
「ソウカ? ワシ ニハ オマエラノ ホウガ フシギジャガ」
サムライ達の目の前には、多くの男達が怒号を上げ、剣を振り弓を引き絞る姿。
戦場だ――。
両軍の戦端が開かれて既に幾ばく時が立っているのだろう。地面にはどちらとも見分けがつかない男達がそこかしこに転がっている。
そこかしこ剣や槍が突き刺さり、旗が焼け落ち、踏まれ雪と泥に塗れていく。
銃声が、斬られた男が上げる悲鳴が、それを掻き消すように別の場所から上がる怒号が、いたる所で響き渡る。
サムライたちが隠れる森の入口近く、倒れた男の頭蓋が蹄に潰される不気味な音が森の中にまで響いてきた。
その音に誰かが生唾を飲み込み、呼吸を荒く、短くしている。
今サムライ達は敵の側面を突ける絶好の位置取りだ。
少数での奇襲だ。……奇襲と言えば聞こえは良いが、この中の何人が生きてまた顔を合わせられるのか分からない。
それでも問題はない。ここにいる全員が傭兵なのだ。実際サムライに声をかけてきた男は、前の戦場ではサムライの敵側だった。
寄せ集めの集団。捨て駒集団。それでも彼らは戦う。金と名誉のために。その生命を賭けるのだ。
「――皆、行くぞ! 抜剣」
部隊を率いていた男が静かに声を発した。その声に合わせるように、全員が己の武器を抜き、しっかりと握りしめる。
サムライもゆっくりと刀を抜き、八相に構えた。ゆっくりと息を吐き、そしてゆっくりと息を吸う。
肺を満たす冷たい空気に血と火薬の臭いが混じる。
「全軍、突撃ーーーー!」
隊長の大声に合わせ、できるだけ大きな声を上げながら敵の側面を突く。大声を上げることで敵に大軍だと思い込ませ混乱を誘うのだ。
いの一番で飛び出したのは――サムライだ。
「ふ、伏兵――ぎゃー」
一番近くにいた銃兵を袈裟に斬り伏せ、返す刀で次の兵を切り裂いた。
「サムライに続けー」
男達が声を上げる中、既にサムライは敵軍の中へ、奥へと切り込んでいる。
『大将首、どこじゃあ?』
戦場に響き渡った日本語。周囲の敵兵は意味こそ分からないものの、腹の底から響いてくるような声に畏怖の表情を浮かべている。
たたらを踏んだ敵兵の中に騎兵を見つけサムライがその歩を速める――
『騎馬武者、そん首
柄で喉を潰した敵兵の頭を踏み台に、サムライが騎兵へと飛びかかった。
馬上の騎士、その首を小脇に抱え、サムライは飛び出しの勢いそのまま相手を引きずり倒す。
騎士とともに地面に転がったサムライが、起き上がりざまにその刀を薙ぐ――
その一閃が頭をもたげた騎士の首を捉え、兜ごとその頭を宙へと弾き飛ばした。
「ヒッ――」
怯える敵兵を他所に、サムライは転がった首を拾い上げ兜を投げ捨てると、首を腰の紐にくくりつける。
『――次ィ』
獰猛な笑顔を見せるサムライに、敵は及び腰だ。
無理からぬ事だろう。相手も傭兵や騎士と言えど、サムライのような異質な存在は見たことが無いのだから。
首を求める、首級がそのまま己の手柄となる
敵を求め、首を求めてサムライは敵陣深くへと潜り込んでいく――
時に足を切られ、腕に矢を受けてもその歩みは止まらない。サムライの単騎突進で、大きく崩れた敵の陣、その混乱に乗じて味方の本体が敵を次々に討ち取っていく。
敵味方入り乱れる混乱の極みの中、サムライは一際豪華な鎧を身につけ、毛並みの良い馬に跨る男をその目に捉えた。
『大将首ぃ! 見ーつけた』
一心不乱に敵をかき分け、叩き伏せ、大将と思しき男の元へと駆けるサムライ。
『そん首寄こせやぁ!』
「く、蛮族め!」
サムライが振るった刀を、器用に馬上でいなす敵大将。その技量の高さにサムライの口の端が自然と上がる。
『エエの……エエのぅ。まあまあのツワモノじゃ。海の向こうはエエところじゃ。もっとワシを楽しませてみぃや』
「死ねぇ! 蛮族が!」
槍を持った騎士がサムライの脇を突こうと集団の中から飛び出す――
槍を躱しざまに、その柄を叩き切るサムライ。
空振った事でつんのめった騎士の首元を、サムライが引っ掴んだ。
『フン――!』
メキメキとあり得ない音があたりに響き渡る。サムライの指が甲冑の襟首にめり込み、腕には浮き上がるほどの血管が――
『うぉらぁああ!』
腰から背筋、そして腕へと伝えられた力の伝播――地面を踏み抜いた踏み込みとともに、フルプレートの騎士を前面へと勢いよく投げ飛ばした。
「なっ!」
勢いよく飛んできた味方の騎士をうまく避けることが出来ず、敵大将が馬から転げ落ちる。
落ちた大将を守ろうとその周囲を固める二人の騎士。
片手に槍。もう片手には盾。二人ともサムライよりもリーチのある武器を持ち、その盾で半身を隠している。
にらみ合うサムライと騎士達。その間に弾き飛ばされてきたのは男の死体――
『邪魔じゃあぁー!』
それが合図だったように、サムライは飛び上がり大上段に構えた刀を相手に向けて振り抜いた――
盾と刀のぶつかる金属音、それも一瞬で、サムライは盾ごと相手の指を切り裂く。
「馬鹿な――」
盾のおかげで勢いが弱まったこともあり、大事には至らなかったが、その一撃は周囲の者たちの腰を引けさせるには十分だった。
『お前らの首も寄こせやぁ!』
及び腰の騎士たちに向けて、サムライは斬り落とした盾を放り投げる。
回転し、飛来するそれを自分の盾で防いだ騎士の一体に、侍が肉薄――
盾を持ち上げる騎士へ接近の勢いそのまま蹴りを放った。
――ゴゥン
という凡そ人が鉄を蹴ったとは思えない鈍く大きな音が辺りに響く。
蹴りを受けた騎士は、これまたフルプレート装備の人間とは思えないほど、勢いよく弾き飛ばされた。
「ば、化け物――グゥフ」
飛んでいく仲間を見ながら、呟いた騎士の喉元に、サムライの刀が突き刺さる。
『どこ見よるんじゃ』
喉を突き破った刀をそのまま引き、刃側の肉を削ぎ切るサムライ。
動脈が切れ、切れた首筋から勢いよく吹き出す血飛沫。
千切れかけた首をブラブラとさせながら膝をつく騎士。
その首をサムライが蹴り上げると、ブチブチっと鈍い音がして首が空へと舞い上がる。
その凶悪な行為だけで、周囲を固めていた雑兵達は我先にと逃げ出して行く。
あとに残されたのはサムライと、敵の大将。そして遠巻きに見守る敵味方の兵たち。
――ボトリ。
鈍く、間抜けな音を立てて落ちてきた首。
その音が合図だったように、敵大将がブロードソードを振り抜いた。
屈んで躱すサムライ。
敵大将の切り返し。
後ろへ飛び退く――地面を穿つブロードソード。
地面にめり込んだブロードソードを無理矢理引き上げた敵大将。
その勢いで泥と雪がサムライに飛んでくるが、それを半身で躱す――瞬間、サムライが雪に足を取られグラついた。
「もらった」
一瞬の隙を見逃さないようブロードソードを大上段から振り下ろした敵大将――
『阿呆が。ワシが戦場で、足を取られるかよ』
グラついたと思われた姿勢から、サムライは器用にブロードソードの腹に刀を滑らせる――サムライの顔の横でチリチリと音を立て舞い散る火花。
長かったようで短いそれが終わると、サムライは刀をそのまま横に薙いだ――
振り下ろしで前に重心が来ていた敵大将。その首はサムライに差し出されるような格好だ。
崩れた体勢、完璧なタイミング、薙がれた一閃は敵大将の首へと吸い込まれていく。
そんな完璧な一撃を、無理矢理身体を起こし、左手の盾を間に滑り込ませ、敵大将がやり過ごそうとする――が、少しばかり遅かった。
サムライの切先がその喉を捉え、鎧を斬り裂き血飛沫を巻き上げた。
吹き上がる血の勢いに押されるように、仰向けに崩れる敵大将。そしてそれを見るサムライ。
『今のに反応するたぁ中々じゃな。ま、ワシの勝ちじゃが』
口の端を上げたサムライが、今も「ヒューヒュ」と声にならない声を上げる敵大将の真横に立つ。
その首を落とそうと刀を上段に振り上げた――
『ん?』
その手を止め、怪訝な表情を見せるサムライ。
ヒューヒューという相変わらずの呼吸音に混じって、僅かに声が聞こえてきたのだ。
『何を言いよんじゃ?』
耳を澄ませるサムライ――
「ヒュー、名……を……ヒュー」
聞こえてきた声にサムライが真剣な表情に。
言ってることは分からない、だが言いたいことは分かる。
フルフェイスの兜の中、表情は見えない相手にサムライは大きく息を吐いた。
『ワシの名は六郎じゃ。家名は捨てた』
六郎の言葉に敵大将はゆっくりと微笑んだようにも見えた。……もちろんフルフェイスのためその顔は分からないのだが。
「ヒュー…我…名…ヒュー…アー…ロン」
男が弱々しくその声を発する。六郎は静かにそれを聞いている。
男がなにも発しなくなった後、六郎は再び刀を上段に構えた。
「強き者、あーろん。その名、ワシが覚えておこう――」
その刀を大将の首へと振り下ろした――
一七世紀初頭、戦国の世が終わりを告げた日本で、その力と技術を持て余した多くの侍が傭兵として海外へと渡った。
約一五〇年もの間、戦に明け暮れた当時の侍は、世界でも有数の戦闘民族として各地の戦場で活躍を見せていた。
そんな歴史上稀に見る戦闘民族を、異世界はまだ知らない――
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