03.離れたくない
翌朝。
森の中に入ると、手紙を入れた巾着をベイリーの首に下げ、いつのもように送り出した。
ベイリーは国境を抜けて森の外で待っているジェイクと合流する。そしてそのまま一泊し、明日はジェイクの手紙を持ってこの家まで帰ってくるのだ。
ベイリーがいない二日間、いつもラスターは休みを取って、ずっとルシアと一緒にいるようにしている。
過保護と言われるかもしれないが、ずっと一人で居させるのは不安だった。
普段はベイリーがルシアを守ってくれているから、ラスターも安心して働ける。ルシアにとってもラスターにとっても、ベイリーはなくてはならない存在だった。
ベイリーがいるだけで、ルシアに笑顔が生まれる。ルシアもベイリーもアルビノ同士のせいか、お互いに助け合って生きているからなのか、心が通い合っているのが見ていてわかる。
犬に嫉妬してどうすんだ。
ラスターはそう自嘲しながら、ベイリーの代わりにルシアの手を繋いであげた。
「そういや、来週はルシアの誕生日だな。なんか欲しいものあるか?」
「え、そんな、いいよ」
「遠慮すんなよ。まぁ大したもんは買えねぇけどさ」
「でも……本当に大丈夫だから」
「……あ、そ」
「……ごめん、ラス」
ふと見ると、ルシアは泣きそうな顔になっている。どう言うのが正解だったのか、ラスターにはわからない。
ラスターは『怒ってない』の代わりに、手を繋いでいる手とは反対の手で、ルシアの頭をぽんぽんと撫でてあげた。ルシアはほっとするように息を吐き出している。
「まぁ今日は仕事休みだし、なんか買い物して帰ろうぜ」
「うん」
手を繋いだまま、ルシアに歩調を合わせて街に戻る。
必要な食料を買って帰ろうとしたとき、道端で露天商を見つけた。多数のアクセサリーが置かれてあったが、クズ宝石で作られたものばかりのようだ。チラリと確認すると、お手頃価格でラスターにも払える金額だった。
「どうしたの、ラス」
いきなり止まったので、ルシアは首を傾げている。
「悪い、ちょっと買いもん」
「こんなところに、なにがあるの?」
「おっちゃん、その赤いのをくれ」
ラスターはルシアの問いには答えずに繋いだ手を離すと、赤色の小さな石のついたネックレスを指さした。
「ほいよ、このお嬢ちゃんにプレゼントかい?」
「え?!」
露天のオヤジが余計なことを言い、ルシアが驚きの声を上げる。こっそり誕生日プレゼントにしようと思ったのに、知られてしまっては絶対に買うなと言われてしまう。
「違う、こいつへのプレゼントじゃない」
ラスターは慌ててそう否定し、お金を払った。買い取った赤色のネックレスが、シャランとラスターの手に渡される。
「今の音、ネックレス……?」
音だけでバレてしまい、ラスターは観念して頷いた。
「……まぁな」
「そう……なんだ……」
ルシアは唇をぎゅっと噛みしめている。しかしラスターがどうしたのか聞いても、首を左右に振るだけだった。
さすがに、誕生日プレゼントだって気づいたかな。ネックレスなんてもんはいらなかったか。
ルシアは目が見えねぇしな。
己の買ったプレゼントは喜ばれないことがわかり、ラスターはそのネックレスを無造作にポケットに突っ込んだ。
「帰るぞ」
「うん……」
なぜか泣きそうになっているルシアの手を無理やり繋ぐと、引っ張るようにして家路に着く。
なんで泣きそうになってんだよ。勝手に無駄なお金を使ったからか?
だったら最初っから欲しいもの言えよ。俺の方が泣きてぇよ。
イライラしても仕方ないと、ラスターははぁっと大きな息を吐き出した。怒りを逃すために。
「……ごめん、ラス……」
さらにルシアからは謝られてしまい、ラスターは困惑する。
勝手に決めたプレゼントではあったが、喜んでほしかったのだ。ルシアはなんだかんだ言って、笑って受け取ってくれると思ってしまっていた。
こんなに謝られるほど拒否されるとは、ラスターは思ってもいなかった。
「俺は別に気にしてねぇよ」
本心ではこれでもかというほど気にしているが、ルシアの気持ちを慮ってそう伝える。
これでいつも通りに戻るかと思っていたラスターだったが、家に帰ってからもルシアの顔は晴れていない。それどころか、ますます思い詰めた顔になっていた。
「なんだよルシア。辛気臭い顔すんなよ」
「う、うん……ごめんね」
「なんかあるなら言ってみろ」
ラスターが促すと、ルシアはたっぷり十秒は経ってから口を開く。
「私……この家を出て、一人でやっていけるのかな……」
予想外の言葉に、ラスターは目を見広げた。
冗談だろ? ルシアは、出て行くつもりなのか?
ズキンと胸が抉られる。いや、しかし、そんなことは不可能だ。ルシアは仕事をしていないから稼ぎもない。
仕事ができたとしても限られるだろうし、家賃を払えるほど稼げるとは思えない。
「無理に決まってんだろ、一人でなんて」
「そう、だよね……ごめんね……ごめんね、ラス……」
「は? なに謝ってんだよ」
「だって、私、ずっとラスにお世話になっちゃう……ラスにばっかり、迷惑かけちゃう……!!」
ルシアの色素の薄い瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。そんなことを気にしていたのかと、ラスはほっとため息をつく。
「気にすんなって。別に、一生この家にいてくれていいからさ」
むしろ、そうしてくれればいい。そうすればずっと、一緒にルシアと生きられるから。
しかしルシアはラスターの心とは裏腹に、ふるふると首を横に振った。
「そんなわけには、いかないよ……私、いつかちゃんとこの家を出る……今すぐは無理だけど……だから、心配しないでね」
ラスターの頭に、ガンっと岩でも乗せられたかのような衝撃が走った。
うそ、だろ。
ルシアが自分から離れていくなんて、考えもしなかった。
自立したいと思っていることは知っていたし、仕事を探したり頑張っていたことも知っている。
けれど、現実は厳しかった。だからラスターは一緒に住むことを提案したのだ。
もしずっと仕事が見つからなくても構わなかった。ルシアには家のできることをやってもらい、一緒に暮らせばいいだけなのだからと。
そんなに、出ていきたかったのか……。
しかも心配するなとまで言われた。ルシア出て行ったあとは、もう関わってほしくないということかと思うと、胸が張り裂けそうになる。
「……わかったよ、好きにしろよ」
ラスターにはそう答えるしかできなかった。
行かないでくれとみっともなくすがるなんてことは、プライドが邪魔をしてできない。
なにより、ルシアがそれを望んでいるのなら、止める権利はない。
ラスターは泣いているルシアをそのままに、自室に入って布団をかぶる。
ずっと俺んとこにいればいいのによ……くそ!
ラスターは苛立ちを抱えたまま、無理やり眠った。
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