10
白百合 誠トはバツ三だ。
彼は別に、モテないというわけでも、生活面が終わっている。というわけでもない。
とくれば、警察関係者だからか、そうでもない。一応一つの課の、課長という所属になっているため、信頼度は高いだろう。
なら、なぜ彼は妻に愛想をつかされてしまうのか。理由は単純明快だ。
彼は、子供が大の苦手だ。高校生程度ならまだ大丈夫だ、現に聴ノや死唄とは平常に接することができている。
彼は、幼児や諸々の行動が読めない、それでいて丁重に扱わなければならない存在が苦手だった。故に妻に、「そろそろ子供を‥‥‥」と相談されても、
「もう少し先にしよう」と引き延ばしにしてしまう。結果、呆れた妻は家を出る。
そのためか、聴ノを半ば、自分の子供のような扱いをしてしまっている。反省はしているものの、つい叱りつけてしまう。
一仕事終えた誠トは、聴ノたちの様子を見に行こうと、指令室の執務机から腰を持ち上げた。
ティータイムといっていたな、休憩室か。
足早にドアまで向かう。ドアの前まで来たが声は聞こえなかった。別に防音室なわけでもないので単に静かなだけだろう。そっと、ドアを押し開ける。
「‥‥‥‥‥‥」
聴ノと死唄が、壁に備え付けられたベンチに、互いに寄りかかりながらすやすやと寝息を立てていた。こうしてみると死唄も、あれほど口調がしっかりしていて大人びていても、まだ高校生であったはずの年頃だと知らされる。
見慣れた赤ん坊のような寝顔と、意外にもあどけない寝顔を見比べる。
少女、まだそう呼ばれて差し支えのない年。それなのに、自分は、この機関は、この国は、戦わせようとするのか。本来なら、聴ノも死唄も、
本当に、この国は――――。
普通、世界で彼女らのような少女が戦闘をし、犯罪に対応することなどない。そんなタブーを無視してこの世界に引きずり込まれた。才能があるばかりに。
才能は、努力では到底たどり着けない域を、軽々と超えていく。だが、それだけではない。
昔から、力や才能には、代償がつきものだ。聴ノに伝えたらじじ臭いと一蹴されるだろう。
だとしてもそういう、神話めいた話を抜きにしても、やはりおかしいと思うのだ。
誠トはAKS-Bに所属する以前は、法に誠実な警部だった。街を守れる仕事に生き甲斐を感じていた。そんな時に、転属命令が下った。
――――今更か、
頭を振ってネガティブな思考を追い出す。
「しぉ‥‥‥ん‥‥‥」
聴ノが、寝言を言いながらベンチの上で、器用に寝返りを打った。
起こすのはよそう。なれない場所で、死唄も疲れているはずだ。それに、聴ノが起きたときに「女の子の寝顔を除くなんてサイテーだよ‼」と言われそうだ。
二人を起こさないよう、慎重にドアを閉める。
今日はデータを収集して任務の主な内容を説明しようと思っていたのだが、致し方ない。疲れた少女達の眠りを妨げるほど、誠トは強引ではない。もっとも、彼は少し強引なぐらいがちょうどいいのだが。
さてと、雑務がひと段落ついてしまったので、することがない。いつも話相手になってもらっている涼薇は、医療班に出張中だ。
だとすると残るは―――――
「―――んあ? ア、寝落ちたんスか、わたシ」
お手本のような中国訛りで、寝ぼけた声が届く。
「ア、誠トさン。おはようございますっス」
「ああ、とりあえずその空き缶の山をどうにかしろ」
オペレーションデスクに山積みにされた、エナジードリンクの、空き缶の山を指さす。
「アぁすみませんっス。そういえば、新入りは来たんスか?」
新入り、死唄のことだろう。
「そこの休憩室にいるよ。聴ノと仲良く寝ているから、起こすなよ?」
「わたシが寝てると怒るのに、ずいぶん甘いっスね」
痛いところを突いてくる。正直言うと、早くも聴ノと打ち解けてしまった死唄の、扱いに困っているだけだった。前述の理由は体のいい言い訳だ。
当初の計画だと、聴ノに戸惑う死唄を誠トが手助けして、関係を築こうとしていたのだ。
それが、白紙に戻されてしまった。早く涼薇に帰ってきてもらいたい。
「明、お前は大人だろう?」
「いヤ、わたシ、
「二歳も違うじゃないか」
「同じっスよ‼ 大体、来年成人が引き下げられるって話じゃないっスか」
「彼女は対象じゃない」
「それ、なんだか可哀そうくないっスか? 子供扱いなんじゃ‥‥‥」
ああ、これだから若い者は、女性全般が嫌いになりそうだ。
「まぁ、それはいいとしテ。どうっスか? 死唄ちゃんとはうまくやれてまス?」
座っていた椅子から立ち上がると、明は誠トに歩み寄ってきた。
「それとも、扱いに困ってルんじゃ?」
腰に手を当て、小首を傾げて見せる。図星だ。
結局、観念して、誠トが死唄と関係を築こうとしていた旨を話した。
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