7

 映像は、決勝戦の10人対戦の様子だった。

 既に死唄が、5人のプレイヤーをキルしたあとだ。

 残りの4人のプレイ映像が順繰りに映し出される。やがて、一人のプレイヤーに絞り、そのプレイヤーの俯瞰視点になった。ここからだ。死唄がの顔がアップで表示されるのは。


 プレイヤーが、潜伏しているのは廃工場地帯に隣接するエリア、大きなショッピングモールの中だ。こういう場所では広すぎて他のプレイヤーにエンカウントすることもほとんどないため、イモり勝ちをしたい人間がよく使用するフィールドだ。障害物も多く、万が一エンカウントしても、十分に対処できる。


 当時の死唄は、その穴を突いた。高速でモール内を駆け回り、相手が隠れる場所をさがした。そして、最上階のファッションブランドのコーナーで狙撃を喰らった。弾丸は肩を掠め、HPを2割近く削った。相手はスナイパーライフルだった。だが死唄は、それ以上のことを知っていた。相手の武器は、高威力が故に、サイズが大きく取り回しが悪い。それに加えてかなりの重量なため、サブウェポンとしてハンドガンすら持てない。


 つまり、接近すれば、勝てる。


 一言でいうと、かなりゴリ押しに近い戦法ではあったが、死唄は、今までも同じような戦い方をしてきた。エイムがよくても、自分が当たれば元も子もないからだ。


 狙撃され、その方向を見極めた死唄は、一度止めた足を再度動かす。二撃目が頬すれすれを貫く。――――完全にヘッドショットを狙っていた。


 その二撃目で、大まかな位置を把握する。相手は、衣服がハンガーで掛けられたコーナーの、その服の中から、銃身だけを出して狙っているようだった。子供の頃、服の中で隠れている気になって、親に叱られる経験をした人は少なくないはずだ。

 三撃目が足元に着弾、しかし死唄はひるまない。


 四撃目、死唄が接近し、当てやすくなったその距離で、正確に、肩口に着弾。HPが残り3割に減る。

 ここにたどり着くまでに、弾薬を消費していたのか、リロードをする音がモールに響く。


 思わず死唄は笑う。

 勝った。


 狙撃が止んだ、その数秒、死唄は走りながら、服に隠れ見えないはずの敵に向けて照準。引き金を引いた。


 一発、高らかに銃声が響く。


 そこで映像が、悪意あるアップに切り替わり、そこに醜悪な笑みを写す。

 そこで動画は終わった。どうやら、トッププレイヤーのダイジェスト動画だったようだ。

 だが死唄は、そんなことよりも聴ノの反応が気がかりだった。

 恐る恐る、ウィンドウから顔を上げて、聴ノの顔を見る。


「‥‥‥じゃん‥‥‥‥‥‥」


 ぼそりと、聴ノが発した。

 やっぱり、ダメだった。少しでも聴ノの言葉を信じた自分がおかしかった。誰でも、ああいうはずなのに。誠トも、映像を見たと言っていた。きっと内心では、なんだこいつは。とでも思っているのだろう。


 ああ、終わった。そう思って、右手で顔を覆った。掌が濡れた。泣いているのか?

 なんで、こんなくだらないことで泣いて――――


「かっこいいじゃん!!」

「――――――は?」

「かっこいいって!  イケメンじゃん!」

「‥‥‥何が?」

「しおんだよ!!  いいなぁボクもイケメン系のキャラが良かったよぉ。クール系女子って憧れるよね~」


 誰の話をしているんだ?  今の時点で登場していない人間は、寝ていた女性を除いて、確か 霧ヶ咲 涼薇だったか。その人のことを言っているのか?  流れた涙を拭うことも忘れ死唄は考える。


「おーい聞いてる?  あれ、あんまり言われても嬉しくないタイプ?」

「いや、そうじゃなくて‥‥‥この、私の顔は――――」

「――――醜悪だ、とでも?」


 死唄の考えを読んだかのように、死唄の言葉を継いだ聴ノ。その顔に、薄っすらと苛立ちを浮かべて、


「そんなこと、もう誰にも言わせない。ボクが補償するよ。死唄は可愛い、かっこいいよ。ボクは戦ってるときも、普通のときも、どっちの死唄も好きだよ」

「――――――っ!!」


 初めてだった、外見を褒められたことなんて。

 女らしくないだとか、けなされることはあっても。大会のときの顔だって、当時の中学のクラスメイトにすら、怖い、気持ち悪いと、言われたのに。

 頬に雫が伝った。

 悲しいからではなかった。


「え!?  ボク何か変なこと言った?  ごめん、そんなつもりじゃっ!」


 とうとう、制御が効かなくなり、雫が滝になる。泣き顔を見られたくなくて、服の袖で顔を隠す。


「ちょっ、しおん!?」


 聴ノが心配そうに声をあげる。でも、死唄は答えられない。

 まさか、『彼』のように離れるどころか、近寄ってくる人間がいるなんて夢にも思わなかった。

 まさか、怪物などと言われた人間の、肩を抱く人間がいるなんて。

 ひとしきり泣いて、やっと涙腺の制御がもどった。

 死唄は、やっとの思いで、掠れた喉を震わせて、口を開く。


「‥‥‥‥‥‥ありがとう」


 それを聞いた聴ノは、満面の笑みで


「良かった」


 と、胸をなで下ろした。

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