5

 撃てばいいのと、本気で戦うのじゃ、わけが違う。

 事務的に指を動かせばいいのと、勝つために体を動かすのは、どうしても違う。

 少なくとも、ここにいる二人以外の警視庁の人々は、あの頃の死唄を知らない。だから、安心できた。もう、これ以上、誰かに離れられたくない。


 だから、嫌だ。


「‥‥‥や‥‥‥だ、」


 嫌だ、彼のように、何も言わずに離れられたくない。

 やっとできた、繋がりだったのに、失ってしまった。もう、同じ過ちは‥‥‥


「しおん」


 ふわっと、突然聴ノが抱き着いてきた。思わず跳ね上がる。接続が解除された器具が冷たく死唄に突き刺さる。


「怖い顔してる。どうしたの? ボクに話せることなら話してよ。聴くから」

『聴ノ、戻って来なさい。一矢当くんもだ』


 声が響く。けれど死唄には、スピーカーの声は聞こえなかった。


 ◇◇◇


 どうやって来たのかわからないが、死唄は休憩室のような場所にいた。

 隣には聴ノが座っている。おそらく、指令室の壁にあったいくつかの扉の内の一つ、その中なのだろう。


 ふかふかの壁付きベンチはよく沈み、相当な値段だとわかる。

 しかしながら死唄に、部屋の分析ができるほどの余裕はなかった。


「しおん、どうしたの?」


 優しく、聴ノが語りかけてくる。けれど、死唄は答えられない。


「しおん?」


 だけどわかってもいる。いずれ訪れることはわかっていたはずなのだ。こういう日が訪れることは。逃げ続けることなんてできないと、わかっていた。


「ボクは、しおんじゃないから、全部はわかんないけど、何かあったのはわかるよ。ボクこう見えても、感は当たるほうなんだよ?」


 しつこく、聴ノが問う。


「‥‥‥‥‥‥」


 死唄が答えられないでいると、聴ノが何かを察したように、


「大丈夫、ボクは何を聞いても変わらないよ?」

「‥‥‥っ!」


 まるで死唄の心を読むように聴ノがいう。

 優しく、柔らかな、まるで母親のような声音で。聴ノになら、話してもいい気がした。そう、納得してしまう説得力が、その声にはあって……

 ついに、よく考えもせず、語りだした。

 ぽつり、ぽつりと。


「私は‥‥‥」

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