3

 自動ドアが開き、死唄しおんを迎え入れる。

 建物の中は、今日も人でごった返していた。

 脳魔弾殺人対策課は、確か最奥だった筈だ、受付の隣に備え付けてある、印刷の薄れたマップで確認する。これも、そのうちモニターか何かに付け変わるだろう。


 位置を確認して、歩き出す。

 掃除の行き届いた廊下、そのタイルはツルツルしていて、上部の照明を反射していた。覗き込むと、自分の顔が映り込んだ。頼りなく、子供っぽい顔。コンプレックスではないが、警備員に止められたのは割と応えた。


「っ⁈」


 その自分の顔の横に、ぬっと顔が飛び出した。思わずビクッと肩を上げてしまった。


「やあ、死唄ちゃん。あれ? 端末課は向こうじゃなかったっけ?」


 振り向くと、大柄な男が立っていた。

 人の良さそうな顔に、ふっくらとした頬、近所のおじいちゃん、という単語が似合う男性だ。


 しかしながら背が高いゆえに、死唄には通常目線で目を向けると、胸元までしか視界に入らない。太っている訳でも無いのに、ぽっこりと出た腹は、完全にアルコール中毒のソレだ。それをあまり見ていたくなく、男性に目を合わせる。


「柳木さん、ご無沙汰です」


 柳木やなぎ 阪造はんぞう、捜査一課の警部であり、死唄の顔見知りだ。狙撃官に採用されたての頃、色々とサポートをしてくれた人だ。

 定年が近いということもあり、すっかり現場に投入されることが少なくなってしまったため、まだ中学を卒業したてだった死唄の、お守りを任されていたわけだ。


「それが、また転属することになって、脳魔弾殺人対策課に」


 柳木が眉間に皺を寄せた。


「あそこに? なんでまた死唄ちゃんが‥‥‥あ、いや、なんでもないよ。気をつけなよ、あそこの連中はクセが強いからね」

「はぁ‥‥‥?」

「あ、すまんね、部下に呼ばれていてね。このごろ忘れっぽくって、また怒鳴られるのも面倒だから、それじゃ」


 左手で頭を掻き、空いた右手をぶんぶん振って立ち去って行った。その姿を見届けてから、死唄は再び最奥へと向かう。

 柳木さんも、そろそろ本格的に認知症がひどい、3年前に奥さんが亡くなってから著しくひどくなっていた。

 今度何か作りに行ってあげよう。コンビニ食ばかりで、栄養バランスは崩壊寸前だろうから。


 柳木は死唄にとって祖父のような存在だった。料理はお世辞にも上手いとは言えないものの、学校の、家庭科の授業並みのものは作れるつもりだ。面倒を掛けた孝行には十分だろう。


 人が行きかうメインエリアを抜け、まばらなエリアへと。

 最後には誰一人、見かけることない会議室エリアに。

 その中の一角、本当に奥まった一室、その扉に、紙が貼りつけてあった。


 マーカーペンで乱雑に、脳魔弾殺人対策課、と書かれていた。

 冗談じゃない、いくら機能していないといっても限度がある。これはもはや、高校でいう帰宅部じゃないか。


 いや、まだドアだけで判断するのは早計だ。そう思い、死唄はドアノブに手を掛け、扉を押し開けた。


 ギイ、という明らかに錆びついた音が鳴り、扉が開く。古ぼけた扉は、一度開くと、案外簡単に開ききった。


 その先にあったのは――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る