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 先述のわかりやすい恰好というのも、交番の巡査のように、制服があるわけでもない。専用のバッヂが与えられているだけだ。


 ドットサイトの背後に、警察の証の桜が花開くという、死唄しおんから見てもセンスを感じないデザインだ。

 現在このバッヂは日本に一つしか存在しない。特に、希少というわけではい、このバッヂを着けることができる人間が、一人しかいないからだ。


 このバッヂは、警察官を現すものではない。

 狙撃官を指す。

 狙撃官とは、その名の通り、銃による狙撃を専門とする警察官のことだ。本来なら、このような役職は存在しないのだが、この日本においては必要だった。


「イマジネクト」が普及する以前なら、有事の際には、特殊部隊による狙撃隊員を使えばいい。しかしながら、日本では、そう簡単には発砲許可は降りない。


 だがそれも、実弾銃が使用されている数年前までの話だ。「イマジネクト」が普及した当初、撃たないことには解決できない事件が多発した、それというのも、事件の犯人などが、人質を取り、ホロガンを突きつけている場合だ。


「イマジネクト」が使える現代、銃というものは、犯罪者にとっては簡単に手にできる。いくら、義務として、セキュリティを硬くしたソフトや、システムロックを設けても、それを潜り抜けるハッカーも、それを依頼する金持ちも、少なからずいる。


 そういう相手には、実弾で対応するわけにはいかない、もちろん発砲許可が降りれば、解決するのだが。人質の安全を確保するには、やはり実弾の許可は降りない。


 その結果、必要になるのが、ホロガンの使い手だ。


 しかしながら現代日本において、実態のない、ホログラムの銃を自由に扱える人間はそういない。特殊部隊の狙撃要員だって、実際に人に向けて撃ったことなどないに等しいのだ。


 そんな人間に、いきなり、使い勝手の違う銃を渡して狙撃させても、人質に誤射するのが関の山だ。もちろん、専用のソフトウェアで、安全には十分配慮された、ホロバレットだったとしてもだ。被害者家族からは批難轟々、謝罪会見が末路だ。


 そんなものを、事件のたびにやっていては、日本警察の信用はガタ落ちだ。

 必要なのは、100%に近い命中率をもつ、ホロガンの使い手。

 もうそこには、年齢性別など関係なく、ただ国の危機ともいえる状況を、打破できる人材ならだれでもいいという、やや投げやりな条件しか残っていなかった。


 そこで選ばれたのが、中学生を卒業したばかりの死唄だった。というわけだ。それゆえに、採用当時から2年しか経っていない死唄は、18歳という、どこにでもいる高校生と同年代なのだった。


 見た目でも、にわかに信じがたい狙撃官という役職、そして、死唄も自覚している、まだ顔に残る幼さが、警備員を止めたというわけだった。しかもそこに、悪目立ちするからとバッヂを付けていなけれな尚更だった。


 と、堅い説明をしたところで、今までで死唄の銃の腕が、必要になるような事件もなく、延々と雑務をするばかりだった。

 結局、狙撃官など必要ないのではないか?


「あの、狙撃官?」


 死唄が一瞬、思案のために硬直したことを気にしたのか、警備員がこちらの様子を窺うように、顔を覗いてきた。


「ああ、いや、なんでもないです」

「そうですか、」


 警備員がうなずくと、死唄は今度こそ玄関に向かうべく歩き出した。

 やけに警備員がおびえているように見えたが、気のせいだろうか。別に、敬語で話すことさえないのに、周りの大人からしたら、死唄はまだ十分に子供なのだ。


 ホロガンの命中率が、99.98%というだけで採用された、それだけなのだから。

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