初弾 弾込め

1


「rrrrrr!rrrrr!」


 耳障りなアラーム音が、聴覚を蹂躙する。まだ微睡の中にあった死唄しおんは、重い瞼を持ち上げた。途端に、窓に垂れ下がったブラインドから白々しく射す陽光が、目を焼いた。


「っぶし、」


 目がチカチカする、起き抜けの頭はなぜか苛立っていて、快眠を邪魔された猫のごとく乱暴にブラインドを閉めた。


「rrrrrr!rrrrr!」


 停止ボタンの押されなかったアラームが再び鳴り出す。

 死唄は、目の前に投影されたホロウィンドウを操作し、アラームを止めた。同時に右下に表示される時間を視る。

 ――――――6時5分

 夜に設定したアラームの時間と30分早かった。いや、30分早く設定してしまっていたようだ。


「……?」


 ピコンと頼りない効果音と共に、新たなウィンドウがポップアップした。

 カレンダーアプリが、スケジュールを読み上げ出す。


『今日の予定 端末たんまつ犯罪対策課から、脳魔弾のうまだん殺人対策課へと転属 場所 東京都千代田区......』


 デフォルトの女性音声が、感情を感じさせない棒読みで、淡々と予定を読み上げた。読み上げ機能の音声は、いくつかのバージョンがダウンロードされているので、変えようと思えば変えられるのだが、死唄は面倒くさくて変えていない。初期設定のままだ。

 

 課金をすれば、有名声優や、俳優などが読み上げてくれるパックを使うこともできるのだが、死唄にはそんなデバイスのカスタマイズ魂はなかった。


 そうか、今日は転属の日か。

 こういった異動には慣れているものの、死唄は転部時の挨拶が苦手だった。

 なぜ人は挨拶をするのか、転部してきたら把握する。それだけでいいじゃないかと言うのが死唄の持論だった。それでも行かなければならないのが、仕事というものだ。

 

 仕方なく転がる枕を足蹴にして、寝転がっていたベッドから起き上がった。

 必然的に部屋の大部分が視界に入る。

 白を基調とした簡素な部屋の隅に、シックな黒の小さなデスク、これだけは自分で買った肘掛け付きの、回転椅子がポツンと佇む。

 デスクの上には何も置いていない、置くものがないせいだ。デスクとは反対の角に、廊下兼キッチンに繋がるドアがある。


「あ、」


 そこで、昨日の夕食に使った、食器を洗っていないことに気づいた。


「洗おうか‥‥‥」


 立ち上がってドアの前まで歩く。

 そして死唄は、1日の始まりを現す、重い扉を開けた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る