着信
あの日、爽太君と別れるときに、私は自分の連絡先を渡しておいた。爽太君はスマホを持っていなかったし、まさか幾太君に言づてを頼めるわけもないし、あの時の自分の気分はよくわからなくて、連絡なんて無いほうがいいのかもしれない。とんでもないことをしてしまったという自覚はある。もし連絡があれば、私はどうしたらいいのか、それさえわからない。
固定電話らしき番号から着信があったのは、次の土曜日だった。
「薫?」
息を殺した爽太君の声が、スマホ越しの耳元でささやかれる。
「はい、薫ですよー」
私は今までの迷いを振り切って、明るく答えた。連絡をくれたということは、それなりの思いはあるのだろう。でなければそもそも電話などかけてこない。別れてそれっきりにするのが、一番良いのだから。
「どうしたの?」
「…いや、連絡してって言ってたから」
爽太君は歯切れが悪い。本音は別にあるという感じだ。そこで私は水を向ける。
「これから、時間ある?」
「あるけど」
「じゃあ、今から出てこない?」
言いながら、私は待ち合わせ場所を考える。人のこない場所がいいな、と思う。そんなことを考えるあたり、
「いいけど、どこに?」
「ん、人気のないところ」
人気がないと言えば、このあたりはだいたい人気が無い。でもひとたび人気のある所に出ると、そこには近所のおばさんとか、同級生の兄弟とか、そもそも本物の同級生に出会うことになる。それではまずいので、時間をつぶせる場所的を探さなくてはいけない。
私が選んだのは、もうほとんど人が住んでいない団地の中にある公園だった。
さびれた公園のベンチで、私は爽太君を待つ。ベンチの後ろは木が生い茂って、昔は管理されていたんだろうけれど、下生えと公園の砂利の境界が曖昧になっている。後ろからは誰かに見られる心配がなく、前方には人気の少ない二階建ての団地群が並んでいて、視界はある程度遮られている。
ザザッと音がして、自転車を止めた爽太君が目に入る。
私は手招きをして、ベンチの右側に彼を座らせた。
「これ、飲む?」
用意してあったジュースのペットボトルを渡す。私もお茶を一口飲み込む。
「何するの?」
「何しようね? ブランコ?」
さっそくサビの浮いたブランコに移動して、私は立ち漕ぎを始める。勢いをつけて、がんばってみると、けっこうなたかさまで足があがる。膝上のスカートをはいてきたのは少し失敗だったかもと思う。
爽太君は私が勢いよく漕ぐのに対抗してか、真剣な顔でブランこそを揺らす。徐々に、助走をつけるようにその勢いは増して、ついには私より高く上がっていく。
「あぶないよ」
私は、夢中になっている爽太君に声をかける。むきになって、私に勝ちたいらしい。子供っぽくて可愛いなと思う。
「僕の方が高い」
笑いながら、爽太君が言う。
「そうだね、すごい。だけどあぶないからもうやめよう」
私は、こういう得意になっている彼を見たかった。頬を上気させて、すごいでしょと胸を張る爽太君の頭をなでたかった。
やがて気が済んだのか、ブランコから降りた彼は息が切れていた。そんなにがんばらなくてもいいんだけれど、でも一生懸命私を負かそうとするところはかわいい。
私は先にベンチに戻って、ペットボトルを用意する。戻ってきた爽太君にそれを渡すと、ぐびぐひとジュースを飲んでいる喉を見つめた。喉仏は、やっぱりあるんだなあって思う。全体的に華奢な身体に、そこだけ少しごついのが、やっぱり男の子なんだなって思う。男として意識する。
「爽太君」
私は声をかけて、彼の肩に手をおいて、私のほうに引っ張る。やがて私の太ももの間に爽太君が収まって、向かい合わせになった。
この間キスしたときみたいな位置関係になって、私はまた誘惑に駆られ、爽太君は少し視線を外しながらも、顔は前を向いていた。
「ここは人に見られるかも」
少し時間をおいて、私はなんとかそれだけ言った。息が浅くなっていて、酸素が足りなくなっていた。余裕がないのは、なにも爽太君だけじゃない。私も、まったく余裕なんてありはしない。
「あそこがいいな」
私が指さしたのは滑り台で、像の形に板が貼られている陰に、二人くらいは隠れられそうだった。
お互いに少しあせばんだ手を引いて、滑り台に移動する。そこで、私は彼の頭に絡みついた。
爽太君は少し苦しそうで、手をだらんと下げたまま、されるがままになっていて、ただ私の薄い胸が当たるのだろう、それを避けるようにはしていた。
十分抱きしめて、少し腕をゆるめて爽太君を見る。私の胸の間から顔をあげて、彼は私の目を見つめていた。この間みたいに、じっと動かずに。
「ねえ」
そう言って私は、彼のあごに指を当てる。そうして唇を近づけて、触れ合った瞬間にちょっと舌を滑り込ませた。
爽太君は身体を震わせて、されるがままになっている。私の舌先が、丹念に彼のそれをつついていくと、息があらくなって、ぎこちなく絡みついてくる。
しばらくして唇を離した私たちは、お互いの唾液をぬぐわなくてはいけなかった。
薫/爽太君 少覚ハジメ @shokaku
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