2.初リスポーン&初戦闘
「おおぅ……」
吹き付ける風、漂う香り、そして喧騒。現実と何ら遜色ない五感を再現し始めた私の体は、気が付けば見たことの無い街にありました。
若干の痛みを覚える太陽光を恨めしく思いながら周囲をよく見れば、現代では老朽化で現存するものが減ってきた建物が散見されます。中世ヨーロッパと定義されている西洋の建築様式ですね。中世ヨーロッパの範囲が広すぎて正確な時代は分かりませんが、大雑把な認識はこれで合っていると思います。
しかし、見慣れない建物ばかりの町並みよりも目立つのが私達です。視界に映る建物の位置関係からそこそこ広い広場にいるのは分かりますが……それでも狭いと感じるほど大量の異人が転移してきています。
神――私達からすれば運営サイドのAI――によって異人が転移することは住人も知っているはずですが、さすがにこの人数は困惑するでしょうね。
このまま立っていても邪魔になると思うので、とりあえず広場から離れますか。
離れるついでに他の異人達の初期装備を確認しますが、やはり剣や槍などが多いですね。次点で杖でしょうか。現代にも残っているとはいえ、こういった古い時代の武器を使う機会なんてありませんから人気なのでしょう。
さて、周囲の観察はこれぐらいにして……私自身のステータスを確認しましょう。
====================
『ロザリー』レベル1
右手:初心者用ハルバード
左手:――
防具:旅人の服
スキル:――
所持金:2,000SG
====================
はい、しょぼいですね。まあこんなものでしょう。
防具は部位ごとの表示に変更できるみたいなのでしておいて……スキルがありませんね。左手装備は追々考えるとして、まずはスキルの獲得を優先しましょうか。
SGはこの世界での通貨です。セカンドゴールドと読みます。長いのでSGと呼びますが。
しかし、HPゲージは見えるのに数値は見えないんですね。どれだけ数値が高くても
あ、ヘルプがありますね。読みましょう。
ふむふむ、武器などは内部ステータスが基準値に達していなくても装備できると。ゲーム判定ではなくリアル判定ですか。
これはつまり、頑張れば持てるけど自由に使えるかは別、と言うことなのでしょうね。持てるからと言って油断しないようにしましょう。
防具も同じ判定みたいなので、自分が装備できるものはしっかり見極めないといけませんね。
そして、一番大事なのがレベルです。
ヘルプに因ると、戦闘を生業とする住人のレベルの平均は50で、50に満たない場合はギルドなどの施設で受けられる依頼に制限が掛かるようです。
今の私はレベル1。初心者も初心者です。下手すればどこにでもいる主婦に負けます。なのでレベルを早急に上げる必要があります。
「ポーションください」
「あいよ」
消耗品を購入し、そこそこ広い通りを真っ直ぐ進んで街の外へ出ます。
門を抜けた辺りからハルバードを持ちましょう。レベル1な私は戦闘とか不得意なので、奇襲されてもすぐ動けるようにしておきます。
そして起伏がある草原を右往左往すること十数分……第一村人ならぬ魔物を発見。見た目は完全に兎ですね。真っ赤なお目々がとってもプリティーな可愛い兎さんです。なお逃げ足。
こっちを見た瞬間逃げやがりましたね、ええ。しかも結構な速度で。
ちょっと初心者に厳しくはありませんか? 自然界を生き抜くためとか言われたら反論できませんが……
それからしばらく彷徨いましたが、兎さんはどれも速攻で逃げていきます。五回ほど逃げられたところで、もしや武器を構えているのが拙いのではと思いハルバードを仕舞いましたが、結果は変わりませんでした。
「森、入るかぁ……」
レベル的に森はまだ早いんじゃないかなぁと思いますが、兎が倒せない以上は仕方ありません。目指せレベル2……3? 5? ……勝てそうになかったら逃げましょう。
「お腹空いてきた……満腹度あるなんて知らなかったんだけど……」
草をかき分け悪路を歩いていると倦怠感に襲われ始めました。はい、空腹です。HPとMPの下にあるオレンジ色のゲージはスタミナかと思ってましたが、どうやら満腹度を表しているようです。
満腹度は残り二割しかありません。兎を追いかけ回したり悪路を歩いているからでしょう……通常より体力を消耗する行動は満腹度の減りを早めるようです。
かれこれ1時間はこうしていますからね。
森の中は木の根や地面の凹凸でとても歩きにくいですし、魔物に奇襲されないように気を張っているので精神的にも疲れてきました。
休憩したいのですが、ログアウトは安全地帯でしか出来ないので、森を探索中の私は町に戻るかリスポーンするまでこのままです。インベントリに携帯糧食が三つ入っていたので一つ食べますか。
「うぐぅっ!」
まっずぅっ!?
噛んだ瞬間に広がる途轍もないえぐみとパサパサ、グニグニした奇妙な食感。そして絶妙な生臭さのせいで吐きそうになりました……うへぇ。
「これ……食べ物じゃ……ないじゃん……」
カテゴリー、食料。説明、餓死寸前の冒険者でも最後まで口にするのを躊躇う携帯糧食。腹を満たすことだけを考えた結果、魔石以外に価値が無いゴブリンの肉で作られるようになった、世界一不味い食べ物である。
なんて酷い説明なんでしょう……ですが、餓死寸前でも躊躇うのには納得します。
だって世界一不味い食べ物ですよ? ハギスやサルミアッキ、シュールストレミングすら再現可能とされるセカンドワールド内で世界一不味いと断言されているんですよ? そんなものを食べたがる人なんていないでしょう。
そして、何も知らずにこれを口にした異人は、私のように吐きそうになりながら蹲るのでしょう……
「あ、果物なってるんだ。こっち食べよ」
口の中に残り続ける不快感と格闘しつつ発見したのは、木の枝になる赤い果物でした。木なので高さはあるのですが、ハルバードを使えば揺すって落とせそうです。
「変わった模様だけど甘い香りがするし、中身は普通だから平気だよね」
皮を剥いたソレの中身は桃のようだったので、少し悩みましたがパクッと食べます。あのクソマズ携帯糧食で多少回復したとは言え、満腹度は残り四割しかありません。クソマズ携帯糧食は食べたくないので私の運に賭けました。
味は……まろやかな食感に優しい甘さがあってとても美味しいです。噛むと果汁が溢れ出るので水分補給にもなりますし、舌に残るピリピリがいいアクセントに――
「ピリピリ……? 毒だこれ!」
違和感を感じてステータスを見ると、そこには【状態異常:毒】の文字が!
しかも遅効性らしく、毒以外にも麻痺や出血の状態異常が追加されていきます。立つことも困難になり、木の根に躓いて思いっきり転んでしまいました。
擦り傷は擦り傷で別の状態異常みたいなので、麻痺や出血は間違いなくさっき食べた果物が原因でしょう……ああ、視界が血で赤く染まっていきます。
眩暈と耳鳴りのせいで確認できませんが、きっと私の鼻や耳からは血が垂れているのでしょう……。痛覚は設定で抑えられているのであまり痛くはありませんがかなり辛いです。おおう、HPがごりごり減ってレッドゾーンに突入しました。あと数秒でリスポーンですね。
さらば私。次の私はきっと上手くやってくれるでしょう……。
「はっ!」
気が付けば私は、始まりの街の広場で突っ立っていました。時間が経って疎らになったとはいえ、異人達で広場の半分は埋まっています。そんな中リスポーンした私は注目の的らしく、半分以上の異人が私に視線を向けています。
後で知ったことなのですが、ログイン時とリスポーン時では演出が違うようで、始めてのリスポーン演出と言うことでかなり目立っていたそうです。
そそくさとその場から待避し、消耗品を購入した店であの果物のことを聞きます。食べる前にインベントリに仕舞っていたものが幾つか残っていたので、それを取り出したのです。
「暗殺桃って言われてる果物だが……もしかしてお嬢さん、東の森に入ったのかい?」
「はい。兎に逃げられたので仕方なく」
「脱兎か! あいつらはすぐ逃げるからね。餌を用意しないと近づくことすら出来ないんだ」
あの逃げ足の速い兎は脱兎と言うらしいです。が、それはどうでもいいのです。私はリスポーンの原因となった果物のことが知りたいのです。暗殺桃っていう物騒な名称が既に聞こえていますが……
「これはね、切り分ければ普通の桃と遜色ないからって、よく暗殺に使われる果物なのさ。【調薬】や【錬金】があれば毒薬にも解毒剤にも使えるが、皮を剥いたコレを食べれば間違いなく死ぬ。ただ、皮には毒を抑える効果があるから、少量なら皮と一緒に食べることで毒耐性を鍛えることが出来る。腹が減ったからって食ったやつはお嬢さんが初めてだがね」
「そ、そうですか……教えてくださりありがとうございます」
やっぱり暗殺に使われているみたいです。知らずに食べた者を死に至らしめるから暗殺桃……ですがいい情報をもらいました。
手持ちの暗殺桃は全部売ってお金に換えます。そのお金でまともに食べることが出来る携帯食を探して購入し、再び森へ向かいます。
東の森に生息する魔物は油断しなければ一対一でも倒せるそうなので、前と同じように気を付けつつ進みます。そして、暗殺桃は見つけ次第回収してインベントリに仕舞います。
毒耐性を鍛えるという話しから、もしや耐性系のスキルを獲得できるのでは無いかと思ったからです。
セカンドワールドでは、スキルは条件を満たさなければ獲得できないようになっています。必要なポイントはありませんが、条件を満たさなければどんなスキルなのかの確認すら出来ない仕様なのです。
例えば、剣を使って戦う者には必須の【剣士】は、剣を持って〇〇回戦闘を行う、が条件になっています。これはβテスターの情報なので間違いありません。ジョブが無いのでスキルを得ないと弱いままなんですよね、この世界。
つまり私は、暗殺桃を食べれば【毒耐性】のスキルが獲得できるようになるのでは、と考えているわけです。文字通り痛みを伴う方法ですが、死んでも甦る上に痛覚も制限されている異人だからこそ出来る方法でしょう。
教えてもらった露天のおばちゃんも、この方法は危険と言っていましたから。
「……ゴブリンか」
茂みに隠れて様子を窺うと、少し離れた場所でゴブリンがいます。植物以外の影が見えたので咄嗟に身を隠したのですが、どうやら警戒して正解だったようです。数は三体……スキルを一つも持っていない私には荷が重いですね。相手のレベルも分かりませんし、離れましょうか。
前回は運がよかったのでしょう。その後も二回ほどゴブリンと遭遇し、うち一回はかなり近い距離にいました。そして今私は、四回目となるゴブリンと邂逅し、目と目が合っています。
「ギャギャ!」
「わあ!?」
突然の邂逅だったので固まってしまいましたが、先に動いたのはゴブリンです。腰布を巻いたゴブリンの武器は石を括り付けた木の棒ですが、私の武器はハリボテとはいえハルバード。頑張って防ぎます。
しかし、予想より力が強いですねこのゴブリン。両手で持っていたのに押されました。
ですが負けませんよ。私は踵を返し後方へ走ります。
「ギャ!? ギャギャギャ!」
呆気にとられたのは一瞬のようですね。すぐに追いかけてきました。私はそれを確認しながら複雑な森の中を右へ左へと逃げ続けます。
「――はあ!」
そして、いい感じに姿を眩ませることが出来そうな場所で木の陰に隠れ、武器を思いっきり掲げます。一心不乱に私を追いかけてきたゴブリンはそんな私の目の前を通り、その頭目掛けて私はハルバードを振り下ろしました。
運がよかったのか、それともクリティカルなのか。ゴブリンはその一撃で倒れました。
「ふう、成功した」
HPがゼロになった魔物はその場でポリゴンとなって消えるので、倒せたかどうかの判断がしやすいのはとてもいいですね。ドロップアイテムはゴブリンの角……十中八九ゴミです。
レベルも上がりましたので、暗殺桃探しの旅を再開しましょう。食べるのは街に戻ってからです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます