セカンドワールド!
こ〜りん
序章、或いは始まり
1.うだるような夏の日
VR――かつてはゴーグルとコントローラーを持ってバーチャルの世界を体験するのが精一杯だったが、現代では意識そのものを仮想空間に送り込むことを可能としている。
しかし、数十年も停滞していたVRに革命を齎したのが誰なのか……実は判明していない。
と言うのも、人間の意識を仮想空間に没入させるこれは、ある日インターネット上に理論として公開され、有名企業から無名の会社まで無作為にばらまかれた技術だからだ。
当時は各国が血眼になって開発者を探したものの、時が経てば由来など誰も気にしなくなる。基幹となるプログラムがほぼ全てブラックボックスのまま、VR技術を活用した娯楽は世界中に広まった。
だからこそ、その技術を持ち込んだ者は頭の中でこう考えるのだ。『人類が自分達の手でこの夢に到達することは不可能になった』と……
――ロスト・ヘブン。
VR黎明期に発表された数多の作品の中でも異色のゲームであり、世間一般的にはクソゲーと呼ばれながらもコアなプレイヤーによって生きながらえているタイトルだ。
大規模、小規模、様々なアップデートを重ねながら一〇周年を迎えたこのロスト・ヘブンだが、残念なことにサービス終了と言う最期を迎えようとしていた。
「――ベータ! そっち行ったぞ!」
「よし来た!」
瓦礫だらけの戦場で男が駆ける。その手に握られているのは片手剣と円盾であり、このゲームでは可もなく不可もないオーソドックスなスタイルだ。
彼の呼び掛けに応じて、挟撃する位置で身を伏せていた男が大型の弩を構える。
狙うのは一人の女性。そしてキルポイント。
ロスト・ヘブンにはバトルロワイヤルでは珍しく、ソロでもタッグでもチームでも関係なく同じフィールドに送られる仕様がある。
そのため、勝率を上げるためにソロプレイヤーを複数人で追い込み狩る戦法が当たり前のように使われるのだ。……一部の例外を除いて。
「へへっ、セカンドワールドのテスター権利……サ終前にこれだけは取っておきたいからな。……悪いが死んでくれ!」
照準を合わせて発射されたボルトは逃げていた女性の頭部を破壊し、イカれてると評される痛覚制限の最低値、五〇%に値する激痛が彼女を襲った。
リアルじゃ味わえない頭が弾け飛ぶ感覚は、常人なら発狂してもおかしくない激痛だ。
しかし、このゲームを続けている猛者――狂人プレイヤーは、「もう嫌だ!」と泣き叫ぶのではなく「やりやがったな畜生!」と雄叫びを上げる。
彼らの視界の端では五という数字が表示されており、それはこの試合の中でも合計キル数だ。二人は今しがた殺した女性で獲物を五人狩っていた。
だが確認と同時に、首を切断され宙を舞う感覚を二人の男は味わわされた。
ぐるぐると回転する視界の中、二人はハルバードを振り切った女性の姿を目にする。
そして反射的に思う。――あ、無理……と。
――キルログが流れないロスト・ヘブンにおいて、「遭ったら負けたと思え」と呼ばれる者達がいる。ランキングトップテン、怪物と呼ばれるトップランカー共のことだ。
キルログが流れないため、相対するその瞬間まで同じ試合にいることすら把握出来ないプレイヤー。
そして出逢えば即座に敗北を叩きつけてくる存在。
「――これで十六キル。あと四キルで最低ラインか」
その内の一人。ランキング第四位、ロザリー。
影から奇襲しキルをもぎ取っていく戦士。気づいた時には既に刃が振るわれている、戦場を荒らしに荒らした文字通りの悪夢。
「テスター権利は絶対入手したいけど……残り何人だろ。出来れば五――いや、余裕を持って七人は殺しておきたいな」
そんな彼女の目的は一つ。セカンドワールドのテスターになる権利だ。
サービス終了を控えたロスト・ヘブンの運営会社は、発表予定の新作VRゲームのテスターになる権利を、最後のイベント報酬にそれを用意しているのだ。
「本当はユキと一緒に遊びたかったんだけどな……」
プレイヤーネームは漢字四文字だが、呼びやすいためこちらでもユキと呼んでいる唯一無二の親友は、将来のためにお金を稼いでいる。高校に入学したばかりだというのに、ハルっちとの結婚資金にするんだと息巻いていたのを彼女は覚えていた。
バイトで忙しいなら仕方ないかと呟き、ロザリーは戦場を再び駆けた。
獲物は他のプレイヤー全て。どこの誰だろうが奇襲で必ず殺す。
数年もの間使い続けたハルバードを手にして、悪夢と呼ばれた少女は沸き上がる高揚感による笑みを浮かべた。
♢
いっそ服を脱いでしまいたい。そんな衝動に駆られそうになるほどの猛暑日に私、名瀬遙香はクーラーを効かせた部屋の中でニヤニヤと笑っています。手元にあるのはつい先程宅配で届いた新作ゲームの認証カードです。
クレジットカードとほぼ同じサイズの認証カードは、携帯ゲーム機が主流だった時代のゲームカセットのようなものです。これが無いとアクセス出来ないんですよ。
「ついにこれを有効活用出来る日が……!」
そして、なぜ私が少しハイになっているのかというと、現在進行形で腰掛けているベッドに原因があります。
時代を先取りしまくった結果、それ何が違うの? とボロクソに言われたVR専用ゲーミングベッド。その最新モデルが私の部屋の一角に陣取っているのです。
もちろん購入したわけではありません。三桁万円を軽く超えるこのゲーミングベッドがただの大学生に買えるわけないでしょう。
発売決定記念の抽選にその場のノリで応募したら当たってしまったのです。
色々と忙しい日々が続いていたので――数年前にサ終したロスト・ヘブン以降VRゲームをしていないのもあって――自宅に届いてからの数ヶ月間はただのベッドでしかなかったんですよね。
ユキは相変わらずバイト――今度はぶっ壊れたハードを買い換えるため――で忙しいですし、ここ数ヶ月は暇で退屈な日々でした。
「認証キーを差し込み口に挿入するだけで下準備は終了……っと」
ぺらっぺらの紙に数行しか書かれていない説明文の通りに認証カードを差し込むと、無駄にピカピカと光り始めます。かなり鬱陶しいですし、プレイ中にこちら側を見ることは無いんですからオフにしたいですね。
アカウントはロスト・ヘブン時代のものがあるので、そちらを使います。ゲーム用に作成したアカウントなのでリアルバレする心配はありません。
さて、認証カード以外で必要なものは事前にダウンロードしてあるのですが、サービス開始までまだ時間があるので適当に時間を潰しましょう。
具体的には食事の用意です。
レトルト食品は多めに買ってありますが、それだけだと寂しいので色々作っておきます。この連休中はどうせログインしっぱなしになると思うので、レンジでチンすれば食べられるようにします。
「しまった作りすぎた……」
タッパーで小分けした料理でギッチギチに詰まった冷凍庫を前に、私は思わず硬直します。
こんなに作るつもりはなかったのですが……少しハイになっていた影響ですね。考えなしにノリで作ってたらこうなりました。食べ切れなさそうならユキにお裾分けですね。
そして、時計は12時を指しています。サービス開始まで一時間を切り、公式生放送が始まりました。
公式生放送はサービス開始直前でかつ休日というのもあり、かなりの同接数です。あっという間に30万人を超えました。
『……ふぅ』
そして画面に映ったのは、珈琲を飲んで背もたれに体を預けている、少しやつれているように見える人です。
あっ、スタッフらしき人が耳打ちしました。驚いて姿勢を正しましたね。
『あー、んんっ! ……生放送をご覧の皆様、こんにちは。セカンドワールド運営責任者の新堂と申します。サービス開始まであと一時間も無いですし、予め覚えていて欲しい仕様や注意点の説明とかをしましょうか。
ですが、その前にセカンドワールドとは何ぞや? という方もいると思うので、簡単な説明をします』
画面が切り替わります。
『セカンドワールドは、もし異世界を生きるなら? をテーマに開発した作品です。神の導きによって始まりの街に舞い降りた異人――という設定になっているプレイヤーの皆様には、ぜひ気の赴くままに行動して欲しいですね』
新堂さんの代わりに表示されたテロップは公式サイトと同じものですね。セカンドワールドについての大まかな概要が、ゲーム初心者でも分かりやすいように説明しています。
それからゲームを始める上で注意するべき事、禁止行為などの説明が入ります。これはどのゲームでも同じですね。
『次に戦闘などについてですが、職業やクラスといった、就くことでステータスにボーナスが入るシステムはありません。あるのはレベルとスキルだけです。大事なのは基礎となるレベルと、自分に合ったスキルを使うことです。どちらかと言えばスキルの方が重要かもしれませんが、β版とは一部仕様が違うので注意してください』
私はリアルが忙しくてβテストに参加できませんでしたが……先入観のせいで変な間違いをせずに済むと考えておきましょう。ええ、決して、権利を手にしたのはいいものの、泣く泣く手放したあの日の選択を後悔しているわけではありません。
『異世界を生きることがテーマなので、ストーリーなどもありません。ゲーム内で起きる出来事全てがストーリーとなるのです。どのような世界になるかは、プレイヤーの皆様次第と言えます。どこへ行くのも、何をするのも自由です。PKだってやっていいんですよ? まあ、レッドプレイヤーは倒されると監獄行きですが、そういったリスク込みで楽しんで貰いたいですね』
異世界を生きる、ですか。
ロスト・ヘブンの時のように、リアルの私とは違った生き方を選べると言うことですね。
……どんな風に過ごすか少し悩みますが、ユキが来るまでは気の赴くままに遊びましょう。
PKした際のリスクしか説明してませんが、PK以外にもリスクがある行為は大なり小なりあるでしょうね。私はあまりPKはしませんが、否定派ではなくやりたいならやれば? のスタンスです。襲われたらやり返します。
ロールプレイ次第では私もPKするんですけどね……。このゲームでは止めておきましょう。
「……もうすぐか。ようし、暴れちゃうぞー」
生放送が終盤に差し掛かり、時間は12時50分。始まりの街に入る前にチュートリアル専用のフィールドに飛ばされるらしいので、仮想空間にインしてセカンドワールドを開きます。
VR系のゲームは仮想空間を経由しないといけないのが少し面倒なところですが、慣れてしまえば気にならなくなります。
では早速……
『セカンドワールドサービス開始まであと四分です』
さて、今のうちに自分のビルドを再確認しておきましょう。実際の仕様を知らないので出来ればいいな、ぐらいの方針ですが。
まず武器は長柄のものがいいですね。ハルバードの扱いには慣れているので出来ればハルバードを使いたいです。
魔法使いも考えはしましたが、βテストの情報によると、魔法系は育てるにつれ複雑な計算式を覚える必要があるらしいです。私は文系なので向いてないでしょう。
武器防具は初心者シリーズが最初から持っている状態らしいので、気に入ったものを試していこうと思います。
でもタンクは嫌です。私は武器持ってガンガン攻めるのは好きですが、盾を持って攻撃を受けながら耐えるのは苦手です。
だって怖いじゃないですか。なので先手必勝します。怖いなら、殺られる前に、殺ればいい。私がゲームやる時のモットーです。
なので、少々変わったビルドを組む必要がありますね。戦闘系と移動系、あとはパッシブでしょうか。第六感とか直感とか、そんなスキルもあれば手に入れたいですね。
『セカンドワールド、オープン。ログインしますか?』
「イエスっと」
13時になったのでサービスが開始されました。
私の仮想空間でのアバターが専用フィールドに転送されます。ここは……宇宙ですね。と言っても本棚とか天球儀とかありますが。
『我が世界に降り立つ異人よ。説明は不要ですか?』
「念の為お願いします」
私と対面する形で現れた女性の方――管理用AIの説明を聞きますが、生放送で言っていたのと被ってますね。
何をしてもいいけど自由には相応の責任が付き纏う。要約するとこうですね。あと、ゲーム内とはいえ行き過ぎた行為はリアル側で解決することになるから要注意とのこと。
『――そして、魂の位階を上げなさい。さすれば新たな道が切り開かれるでしょう』
レベルのことでしょうか。レベルを上げれば何かがあるみたいですね。
『さあ、新しい姿を選びなさい』
そして空中に投影されるもう一人の私。これをベースに弄れってことでしょう。しかし、このままでもいけそうな気はしますね。当時の私はファンタジーを意識してアバターを作成しましたから、細かい部分だけ変えれば問題無さそうですね。
……厨二病ではありませんよ?
種族がハーフエルフになっていますが、断じて厨二病ではありません。少しだけ子どもの心を取り戻しただけです。ちなみに、ハーフエルフは器用と俊敏にボーナスが付くそうです。ほぼ誤差ですが。
ハーフエルフにした理由は……特にありません。強いて言うのならしっくりきたから、でしょうか。人外種は……うん、論外ですね。人型じゃない体を動かせるわけないでしょう。
『では、命を預ける装備を選びなさい』
ああ、ここで選ぶんですね……。現地で試してから使わない武器を売るのはダメですか。
片手剣に両手剣、槍、短剣、弓、杖……よくあるカテゴリーばかりですね。マイナーだったり扱いずらいものは省かれているようです。
「武器はここにあるものだけ?」
『いいえ、対価を支払えば好きなものを申請できます』
対価……お金ですか。最初に渡される所持金を失う代わりに好きな武器を選べると。銃を選んだ場合は……所持金がマイナスになりますね。ただ、選択肢にある以上はセカンドワールド内でも手に入ると言うことで……
ですが、どうせ銃なんか使わないので、事前に決めていたハルバードにしましょう。
「おっ……もくはないね、一応」
出現したハルバードを軽く振ってみますが、両手なら軽々と扱えます。少し不安定にはなりますが片手でも持てますね。ハリボテですか。
まあ、初心者が試しに扱うものとしては最適でしょうね。どれだけ強い武器を手に入れても使えなければ意味がありませんから。
『準備は終わりましたね?』
「うん、終わったよ。アバターもちゃんと変化したし、武器も装備した」
『では我が世界へ送りましょう。こちら側へ戻る際はUIから帰還を選びなさい』
足下に複雑な魔法陣が出現します。まさにファンタジー……。魔法に憧れがある人なら目を輝かせそうな演出ですね。
一見すると不規則に図形が連なってますが、きっと魔法専用の計算式とかが関係しているのでしょう。魔法使いの人にはいつか、時計の内部構造みたいに細かいパーツを組み合わせる作業が待っているんでしょうね。
たぶん、開発陣の趣味が入ってるんだとは思いますが。
『最後に一つだけ伝えます。我が世界は異人の世界を模倣し、改変し、想像のままに誕生した偽りの世界ですが、そこにあるのは紛れもない本物です。どうか、同じ人間として接してください』
光が私を包み込みます。
システムに制御を奪われている状態なので声も出せませんが、最後のセリフはきちんと聞こえています。メタ的に言うのなら世界観の一つ……でしょう。人工知能であるAIが動かすNPCは、良くも悪くもリアルですから。
ですが、それはシステム上の話です。人間の思考を再現したのなら、それは人間と言っても違和感が無いほど現代の技術は進んでいます。単なるシステムと捉えるか、仮想空間に生きる人と捉えるか……。
どちらにせよ、セカンドワールド内の私はハーフエルフのロザリーです。ならば、あちらに合わせるのが道理というものでしょうね。
さらば、日本の私。こんにちは、セカンドワールドの私。
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