第5話

則夫は間もなく退院した。杖を突いてかろうじて歩けるが、曖昧な記憶は道子とのコミュニケーションを困難にしていた。

則夫は当然会社を退職することになり、2人で24時間を過ごす日常になった。

道子は最初の頃は健気に世話をしていたがまともなコミュニケーションができない苛立ちからかだんだん則夫への接し方がぞんざいになってきた。則夫はそんな道子から避けるように車の中で過ごすことが多くなった。道子も則夫から遠ざかるようになり度々外出するようになった。気分転換のつもりで入った,パチンコ屋にも毎日入り浸たるようになった。最初は所持金の範囲だったが、やがて借金を繰り返すようになり家の差し押さえ、競売という流れになってしまった。

僕は退去への最終通告をしようと再度訪ねた。

道子は相変わらず(帰れ)の一点張りで話にならなかった。(やりたくないが、強制執行しかないな) 

翌日僕は執行官室へ行った。

裁判所の執行官は2人が社会的弱者ということで、時間的猶予が欲しいといった。 しかし僕は一刻も早い執行を望んだ。何故ならもうすぐ冬になる。彼らは一旦、外に放り出されるはずだからだ。

12月に入ってからの執行ということになった。僕は少し一抹の不安を感じながらも了承した。

12月に入って今年は少し早い雪が降った。思ったより大雪で2日間降り続いた。

僕は彼らのいくすえを案じてもう一度訪ねてみた。

道子が涙顔で出てきた[死んじまったよ]僕は何を言っているのか分からなかった。

則夫が雪の日に車の中で凍死してしまったというのだ。道子の顔は益々狂気じみてきた。(おまえのせいだ)といわんばかりに手足をばたつかせて僕を追い払おうとした。僕は成すすべもなく車に戻った。


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