第7話 中級冒険者-アリエナイ-③

俺の名前は、アリエナイ。中級冒険者だ。仲間たちからはアリと呼ばれている。

真っ赤なマフラーを巻いたコボルトを討伐するために

シーフのミツルギと共に、コボルトの情報を求め近くの村へとやってきた。



窓に朝日が差し込む、けたたましく鳴くニワトリの鳴き声。


俺は目が覚めた。


隣のベッドでは大の字でイビキをかきながら呑気にミツルギは寝ている。


「起きろ、ミツルギ!出るぞ!」

俺は、ミツルギをどついてたたき起こす。

昨日の腫れはだいぶ引いたが不細工面が涎をたらしながら言う。


「ふぇ~、あと五分…。」


「俺は、お前の母ちゃんじゃねぇ、起きろ!」

俺は、再びどついて首根っこを掴んでベットから引きずり出す。


「うべべべっ、いててててっ、首がもげるぅ~」

泡を吹きながら、ミツルギは言う。


「しゃきっとしろ、井戸の水で顔でも洗ってこい!」

俺はそのまま、ミツルギを放り投げた。ゴロゴロと転がり部屋に備え付けてあるタンスに頭を打ってミツルギは停止した。


戦士職の俺は、常に気を張っているためかめっぽう朝に強い。

本来、シーフは斥候向きの職業だ。こいつはこんなに呑気なのに今まで

何度も危険な任務から生きて帰ってきた。


「ふんっ、不死身の名が泣くぞ…。」

俺は、呆れながら支度をした。


「へへっ、そう言うなよ~。」

本当に能天気なやつだが、こいつの任務達成率が高い事は冒険者組合でも

有名なのが鼻につく。


「はぁ~、たっくお前とは長い付き合いだし何度も組んで仕事してるから分かるが……お前についてこれるのは、俺ぐらいなもんだな。」

実際、ミツルギとは何度も共に冒険をしており俺が駆け出しだった時にも

先輩冒険者として、助けてもらった礼もある。もう返し切ったと思いたい。


「へへっ、これでも先輩だぜ。敬えよアリ!」

こういう、思った事をすぐ口にだすやつだが、憎めないのも事実。

感だけは鋭く、仕事になると頼りになるのも事実。相棒としては申し分ない逸材だ。


だが、イラついたので一発殴っておく


「うべぁ~ッ、痛ぇ~!何すんだよ!」

「目が覚めただろ?不死身さん?」



宿屋を後にして、俺たちは村の外れの森へと足を踏み入れた。

背の高い木々が生い茂っており。獣や魔物の気配があるのは俺でも感じ取れる。


「この奥には、既に踏破されているがダンジョンもある。」

ミツルギは真剣な口調で俺に言う。


「既に、ある程度情報があったんだな。」

こいつは、いつも飄々ひょうひょうとしているが、仕事になると途端本気になるから扱いに困ることも多々ある。


「ああ、たぶんそのコボルトもダンジョンから発生した変異種だろうよ。」

俺は、鬱蒼うっそうとした森の木々を手持ちの小刀で取り除きながら進む。


「それで、ミツルギ?ここからどうするんだ?」

ミツルギは、歩きながら答える。


「罠を仕掛ける。」

ミツルギは、腰に掛けた鞄から紐や矢じり、液体の入った瓶などを取り出す。


「罠か?仕掛けてどうするんだ?」


「この瓶の中には即効性のある麻痺毒が入っている。これを矢じりに塗っておいて足が引っかかったら作動するようにしとくんだよ。」

ミツルギの話では、ここにコボルトを誘い込んで麻痺毒によって動けなくして捕獲するという算段らしい。

なるべく脱出しやすくするために森の入り口から近い所に設置している。

その仕事ぶりは流石としか言いようがない。


「うまくいくといいがな…。」

俺はそんなに簡単にいかないと直感で感じた。

相手はユニークモンスターだ。

普通ならパーティを組んで挑まなければいけないランクの仕事だ。

通常のコボルトとは訳が違う。


「逆に人が多いと罠が誤作動するかもしれないだろう。少数精鋭ってことよ」

着々と罠を仕掛けながら、ミツルギは答える。たしかに、人が多ければ誤作動は考えられる。


「俺は信頼されてるんだな。」


「信頼してるから、アリに声を掛けたんだよ。」

不思議と笑みがこぼれてくる。信頼されているというのがこんなにも嬉しいとは

思わなかった。正直、仕事モードのミツルギの事を俺は心底尊敬していた。


過去、俺が新米冒険者だった時。先輩だったミツルギにお願いして、遠く遠征してダンジョンに挑んだ時だ。

俺はそのダンジョン内でトラップを踏んでしまい。身動きがとれなくなった。

そんな時、ミツルギが罠を解除してくれた。

足に挟まった罠は中々とれず、つけたまま逃げ出したのも良い思い出だ。

「ははっ、思い出しちまったぜ……覚えてるかミツルギ?」

「ん?あぁ、もしかしてトラバサミのトラップか?懐かしいな~」

その後、ダンジョンの近くにあった名もない村の鍛冶師のじいさんに外してもらったけな……。そういえば、じいさんの隣をくっついて離れなかったあのガキんちょは俺たちの事を憧れの眼差しで見てたな。俺は、まだ新米だったから足にトラバサミつけたままの姿みられて恥ずかしかったがな…。


「お互い生き残って、必ず達成しような…ミツルギ」

「あぁ、勿論だアリ!」


森の至る所に罠を仕掛けて、俺たちはコボルトが出現するまで森の真ん中で待機する事にした。



夕日が森に差し込み、辺りがだんだん暗くなってきたとき狼たちの遠吠えが聞こえてきた。


「そろそろか…。」

夜に近づけば近づくほど、獣や魔物達の行動は活発化する。

「アリ、狼の気配だ…斜め右方向、距離200といった所か…。」

ミツルギは、地面に耳を当てながら言う。

俺は、剣を構えいつでも戦えるように準備をする。

「何匹だ―」

小声で俺は声を掛ける。

「1…3…5匹いるな。コボルトはいないみたいだ。」

足音だけで、敵の人数を把握しているミツルギに俺は感心していた。

たかだか狼に後れをとる俺ではないが、5匹を同時にとなると少々手こずる。

「おい、ミツルギ…。お前も手伝えよ?」

当たり前だが、一人では危険が多くなる。背中は任せた。


「当たり前だろ…1匹、2匹ぐらいなら引き受ける。後ろは任せろ。」

言わずとも俺の言いたいことはミツルギに伝わっていた。


狼の遠吠えがだんだん近づいてくるのが分かる。もうすぐそこまで来ているのだろう。薄暗い森の奥から走り寄って来る音が俺にも分かる。


来る―――。


「さぁ、狩りの時間だ……いくぞミツルギ!」

「へへっ、了解、了解。」

生い茂る木々の隙間から鋭い眼光を光らせた狼たちが現れた。



グルルルッと低く唸りながら、5匹の狼がこちらににじり寄って来る。

「威勢がいいな、さて狩らせてもらうぞ!」

俺は、腰に巻き付けた鞄からスキルカードを取り出す。

スキルカードとは、職業に合わせた技を瞬時に取得できる。魔法のカードだ。

だが、常用できるやつは凄まじく値が張る。

大体の冒険者は安価な使い捨てのスキルカードを使用する。

俺は、スキルカードを手に持ち念じる。

"スキルカードを使用する。"

そう念じると、手に持ったスキルカードは白い光と共に手の中で霧散むさんした。


これで準備は整った――


相手が飛び掛かる前に、俺はすぐさま動き出し目の前の狼を斬り捨てる。

胴体から真っ二つに斬れる狼、他の狼達もその速さにひるんでいる。


「おいおいっ、どうした?こないのか?」


俺は、次の動作に入る。俺の目には一瞬が制止してみえている。

「剣技ッ―――ダンスソード!!!」

先ほど使用したスキルカードの力である。

スキルにも様々な種類があるが、適した職業に合わせたスキルカードでないと発動

する事ができない。俺が持っているのは"ソードスキル"

"剣士職が取得できるスキル、ダンスソード。踊るようなステップで相手を翻弄しながら斬り捨てる、"

使用者の素早さを上昇させ、動体視力強化、見切りを一瞬で取得する。

使った後の脱力感は凄まじいが、それでもまとめて仕留めるには致し方ない。


軽やかなステップで次から次へと俺は狼たちを斬りまくる。

一匹は首元から綺麗に斬り落とした。

斬り落とした鮮やかな断面からは血の一滴も出ていない。

もう一匹は、噛みついてくるところを見切り。

腰を降ろし下から突き上げるように喉元に剣を突き立てる。

瞬時に、ひるがえし後ろから迫りくる狼の正面を捉えた。

真上から剣を振り下ろし両断する。

返り血などつく暇など与えずに俺は瞬時に三匹の狼を仕留めた。


「おいおい、アリ?俺の出番はなさそうじゃないか?」

やれやれと手を振りながらミツルギは俺の後ろで言う。


「お前の分は残してやれそうにないな!」

気が付いたら、1匹を残して全て殺していた。俺は剣先についた血を払う。


最後の一匹は、怯えながらグルルッと弱弱しく鳴く。

「さてと…、あとはお前さんだけだな?」

俺は、剣先を最後の一匹へと向ける。先ほど使用したスキルによる脱力感が襲い掛かってはいるが、一匹如き造作もない。


狼は、脱兎の如く逃げ出した。


「おっ…おい!?逃げるのか?」

俺は、追うために動こうとした。


「まて!!!アリ!」


ミツルギが、それを制止する。

「やつが、連れてくる。必ずコボルトを…。」

逃げ帰った、狼がコボルトを連れてくる。ミツルギがそう言うなら間違いないだろう。


「狼たちを束ねているのは、例のコボルトだ。ここで待つぞ。」

俺は、ミツルギの言うとおりに待つことにした。



辺りは、暗くなり。

鬱蒼とした森には月明りが薄っすらと木々の隙間から差し込む。

「おい、ミツルギ…本当に来るのか?」


「ああ、間違いなく来る。相手は例のコボルトだ。人語が喋れるんだ、知恵もあるはずだ。」

相手も様子を伺いながらこちらが油断するスキを狙ってくるはずだとミツルギは言う。

「なるほどな…そうかもな。」

俺は、妙に納得して剣を降ろし座り込む。

こういう時は座して待った方がいい。


「そうそう、こっちが油断しているスキを狙ってくるはずだからな。それぐらいゆっくりしている様子を見せてやる方がいい。」

ミツルギも短剣を腰にしまい。座る。


どれほど時間が経っただろうか、虫のさえずりや梟の鳴き声が聞こえる。辺りはさらに夜へと包まれる。俺は目だけを閉じ精神統一をしていた。戦士職のスキルだ。

少しだが、体力も回復する。


「来る―――」


ミツルギが閉じていた目を大きく見開いた。普段、細目のミツルギは目を閉じているか分からないが、その鬼気迫る表情に緊張感が走る。

「どこからくる?」

俺は、静かに聞く。


「上だ…木々の枝の上に奴がいる。」


俺は、剣に手を伸ばしいつでも斬りかかれるようにする。


「なるほど、ずっと見てたわけか…。」


「そういう事だ…アリ。」

俺たちは小声で話す。



木々が揺れる。バキボキと枝が折れる音と共に俺たちの頭上からコボルトが一直線に降り立った。


「オマエ、ナカマ、コロシタ…オマエ、コロス…。」

たどたどしくとも、はっきりと人語を喋る二足歩行の狼。

赤み掛かった毛。

首元には真っ赤なマフラー。

こいつが、例のコボルトで間違いない。


「おいでなすったぞ、ミツルギ…。」

「ああ、思った以上にでかいな。」


通常のコボルトよりも、一回り大きい。見てわかるほどの筋肉質な身体。

長い爪、長い牙、美しささえ感じる毛並み。

「こいつを生け捕るのか?」

「…ああっ、思った以上に骨がおれるぞ…アリ。」

油断したら、間違いなく死ぬであろう。こいつは強敵で間違いない。

数々の冒険者たちを屠ってきた、コボルトに俺は正直恐怖した。

俺は、再び鞄からスキルカードを取り出す。

「だが、やらねばならない。」

俺は、再び念じる――

”スキルを使用する―――”

やらねばやられる、俺は剣を強く握りしめた。最初から全力でいく。

手の中でスキルカードが白く発光し霧散する。


「ミツルギ、短剣を貸してくれ。」

俺はミツルギから短剣を借りる。


「やるのか?」


俺の職業は戦士だ。だが、今から使う技は、剣士のみが扱える技。俺がここまで中級冒険者としてソロでもやってこれたのには理由がある。


戦士職の前は、剣士職だったのだ。要するに剣技が使える。先ほど使ったダンスソードもそれだ。スキルには様々な派生がある。その中で俺が扱えるのは戦技、剣技だ。


「覚悟しやがれ犬っころ―――。剣技―――二刀流!ツインブレード!!!」


両手に構えた短剣と俺の手持ちの長剣が薄っすらと白い光を帯びる。

"ツインブレード、体内に強制的にマナを送り込み身体強化をさせ刀身にマナを帯びるさせ、武器も強化させる"

俺のとっておきのスキルカードだ。今回の討伐のためにわざわわざ高い金払って用意していた。それでも使い捨てだ。

スキルの発動時間はそんなに長くはない。限られた時間の中で決着をつけなければならない。


『先手必勝――!!!』


長剣と短剣を構え、俺はコボルトに走り寄った。

初手から激しい、剣撃を与える。

が、それも空しく両爪によって防がれる。俺は追撃の手を緩めない。

さらに、剣撃を連続で与える。様々な角度から何度も剣を当てる。


「硬いなッ…、これを防ぐとはッ…。」


きしきしと剣と爪の接触音が森に響く。あの爪は鋼でてきているのかと思えるほど何度も防がれる。スキルで武器が強化されているおかげで刃こぼれもなく、剣撃を与えられている。

「でりゃあぁぁあ――!!!」

構えた長剣と短剣を大きく同時に振り下ろす。かなりの大技だが……

その、渾身の一撃ですら軽く爪で弾かれる。


後で、ミツルギがごそごそと何かを準備している。


「アリ!時間を稼いでくれ!」


何やら秘策があるみたいだ。

俺は手を緩めずに再び、コボルトへ斬り掛かる。


「分かった――がなるべく早く頼む……。」

上下左右の素早い剣撃に加え、コボルトの攻撃を見切り隙をついたつもりで放った斜めから下からの剣撃さえも、空しく爪で受け止められる。どんなに追撃を繰り返しても隙がない。


余裕はあまりない。俺は少し距離をとる。


やつに一切の隙はない。どこかに隙はないか、俺はコボルトの動きを観察する。

俺はさらに数歩、下がって距離を取る。


コボルトは余裕の表情を浮かべ、爪と爪をカチカチと擦り合わせながら言う。

「オマエ…チガウ…アイツ…チガウ…。」


「なに訳が分からん事、ほざいてんだこの犬っころッ!」


正直、何度も斬り掛かったためはかなりの体力を消耗している。

長期戦は不向きだ。何とかやつの隙を狙うしかない。

俺は、一か八かの攻撃をすることにした。

左手に持った短剣を地面に突き刺す。

そして、利き手である右手にある長剣をコボルトに向ける。


そう、挑発である―――


「こいよ…犬っころ!」


コボルトは、俺の舐めた態度に気づいたのか、グルルッと低く唸り始めた。

それでも動かず俺は、剣先をぐるぐると回して奴を誘う。


「おら、どうした?こいよ?怖いのか?」


「グググッ……ニンゲンコワクナイ…」

おっ流石に通じたか。流石ユニークモンスターだ。


「コワクナイ―――!!!」

しびれを切らしたコボルトは爪を大きく上に振りかぶり飛び掛かってきた。


来た―――


俺は左手ですぐさま突き刺していた短剣抜きコボルトの腹めがけて投擲とうてきした。

コボルトは油断していたのか、気づくのが遅かった。一直線にコボルトの腹の中心へと短剣が突き刺さった。


「アガッ……、ギギギッ……。」


「しまった浅かったか……。」


投擲とうてきした短剣はコボルトの腹にたしかに命中した。たが、刺さり方が浅かった。

やつの闘志は消えていない。あと少しでやつの爪が俺の首元に届く


「だが甘かったな犬っころ―――それも込みだ。」


俺は右手の長剣を地面に突き立て支えにして、飛び掛かるコボルトに向けて前蹴りを入れる。腹に刺さった短剣がさらに奥へと押し込まれる。


「グッァアァァアアァァ―――!」


獣の咆哮ほうこうが森に響く、コボルトは耐えきれず後ろへと後退する。

コボルトは息を切らしながら腹を抑えている。ゴポゴポと音を立てて口元からは

血が入り混じった泡を吹いている。相当なダメージを喰らったはずだ。


「できた!いくぞアリ!」


準備が出来たのか、声を掛けてくるミツルギ。

俺は、コボルトから距離をとる。


「これでも食らいやがれ!」


ミツルギは、丸い球をコボルト目がけて投げる。

命中した球は、白い煙を上げながらコボルトの視界を奪う。


「よし!アリ!こっちだ!!戦略的撤退!」

意味するところは分かった。怒り狂って追ってくるコボルトを罠に嵌めるのだろう。


「合点承知!」

俺は、それに呼応する形でミツルギの後を追う。


「マテ…コロス。」

コボルトは低いうなり声をあげ腹を抑えながらこちらに向かってくる。

視界はほぼ奪われているが、嗅覚のみでこちらに向かってくるところは流石魔物

といった所だろうか、手負いの獣ほど恐ろしいものはない。



追ってくるコボルト、逃げる俺とミツルギ。

仕掛けられた罠の場所までコボルトを誘導する。


コボルトは、鬼気きき迫る勢いで追ってくる。口からは血が滴り、腹に刺さった短剣の周りからは血が溢れ出している。それでも、奴は俺たちを追ってくる。

走るのを止めたら追い付かれて、俺たちは死ぬであろう。

今の奴は、俺たちを殺すことに必死なはずだ。


「あと少しだ、アリ!」

息を荒げながらミツルギは言う。


その時だった、俺は失念していた。

先ほどの戦闘で体力を消耗していたのもあり木々の根っこに足をとられてしまった。


「ふぐっ!しまった…!」


俺は、頭から地面に叩きつけられる。口には土の味が広がる。

後には、追ってくるコボルト。もう目の前まで迫っているであろう。


「ちっ…チクショウーッ―――!!!」


俺は死を覚悟した。

だが、俺は死んではいなかった。

たしかに、背にコボルトの気配は感じる。だが、そこにはもう一人の気配もあった。


「ゴフッ……アリ…大丈夫か?」


顔をあげると、そこには腹を鋭い爪で突き抜かれたミツルギの姿があった。

コボルトは、口からだらだらと血を吐きながらも満足そうな顔をしている。


「ミ……ミツルギ…?」


さっきまで前を走っていたはずのミツルギは俺を救けるために戻ってきたのだ。


「逃げろ…あと少しだろ…アッ…アリ…。たまには先輩面させろや…。」

いつもの軽口を叩く感じで、ミツルギは俺に語り掛けてくる。

「グッ……。犬っころ。今宵こよいは俺とダンス踊ろうぜ……。」

腹を突き破られている状態で、ミツルギは両手でコボルトの爪を掴みさらに自分の方へと押し込んでいく…。

「ぐぁあぁぁぁ!!!行けよ!アリィィイイイィ―――。」

口から大量の血を吐血しながら、ミツルギは叫ぶ。

あの出血では助からないであろう。


「ミツルギ―――お前……嘘だろ?」

俺の目頭が熱くなり、視界がかすむ。

「へへっ、泣くなよ……アリ。お前が泣くなんてアリエナイぜ……。」

「あぁ……ああそうだな、そうだよなミツルギ……。」


俺は、ミツルギの意志を感じ取り。立ち上がった。

そして、設置した罠までがむしゃらに走る。顔からは色んな液体が溢れ出ていた。

溢れ出る涙。鼻水。俺は拭う事なんてしなかった。


走れ―――


足がちぎれそうに痛い。


それでも走れ――――



「イイカゲンニシロ……アイツモ…コロス…。」

押さえつける力はもう俺には残されていない。俺の腹から引き抜かれる爪。

時間稼ぎはもうできただろう……あとは頼んだぞアリ―――


ミツルギは、その場に意識を失い倒れこんだ。



俺は、何とか罠を設置した場所までたどり着く事ができた。

後にはもう追い付いたのかコボルトの声が聞こえてくる。


「コロス…コロス…コロス。」


コボルトは、じりじりと俺に迫って来る―――


「おい、犬っころ…こっちだ…俺はここだ!!!」

俺は長剣を投げだし大の字で、構える。今朝の宿屋のミツルギが頭を過る。


コボルトは唸りうな声を上げながらこちらに突進してきた。さっきと打って変わって

隙だらけだ。


「ふんッ、戦士職を舐めてもらっては困るぜ。体力だけじゃない所みせてやる。」


コボルトが俺の目の前まで迫った時、俺は冷静だった。

俺の目には時間がスローモーションで流れているように見える。

体力的にも限界だったが、俺はいま一つの境地きょうちに達しているようだった。


「ありがたい、足元が隙だらけだ―――」


俺は隙だらけのコボルトの右足に狙いを定め足払いをする。


「ナッ―――!?!?」


冷静さを失い、体力もあまり残っていないであろうコボルトは簡単に引っかかった。

バランスを崩してよろけたコボルトの腕を掴み、俺は綺麗な背負投げをした。


位置は完璧だ。俺の真後ろは仕掛けられた”罠”がある―――


一瞬である。コボルトはその場から動けなくなっていた。

罠が作動し、コボルトの太ももには深々と矢じりが刺さっている。


「アガッガガガガッ……イッ…イタイ…。」


口元から泡を吹きながら、白目を剥いて、身体はブルブルと震え手足は硬直しているのかピーンと張っている。

そのまま、コボルトは倒れこみ気絶した。


「これは、返してもらう……。」


俺は倒れて動けなくなったコボルトの腹から短剣を引き抜く


「ミツルギ―――俺はやったぞ!!!」


短剣を天に振りかざし、俺は冒険者の礼を行う。魔物を狩った時には俺たちは成功の証として、手持ちの武器を天に振りかざす習慣がある。


俺たちは、数々の冒険者を屠ってきたコボルトを討伐し生け捕る事に成功したのだ。


終わったことに安堵あんどしたのか、強い脱力感が俺を苛む。


だが、まだ終わりではない。


俺はミツルギの元へと駆けだした。




■エピローグ 中級冒険者アリエナイのその後


報酬はしばらく何もしなくても食っていける額だった。俺は受け取った金貨を袋に詰めいつもの場所へと向かう。王都の酒場だ。あいつの分も奮発してやらないとな。


ここは、王都の酒場。街で一番に賑わう酒場だ。

ゴロツキや冒険者のたまり場でもある。


俺の名前はアリエナイ、中級冒険者だ。


普段仲間たちからはアリと呼ばれている。

今日はコボルトを生け捕りにした報酬を受け取りホクホクで酒場へとやってきた。


「おい、アリ聞いたぞ……残念だったな……。」


酒場に入るなり知人の冒険者が俺に話しかけてきた。


「あぁ……ミツルギの事か……あいつは本当にいいやつだった。」


「そうだな、辛かったよな……。今日は俺と飲もうぜ!」


「ああ、本当にな今夜は俺のおごりだここにいる全員に俺が奢る!!!」


俺がそう言った途端とたん、酒場では歓声が溢れかえる。


「なぁ……ミツルギみてるか……。お前も嬉しいよな?」


『へへっ、嬉しくないぜ!』


ミツルギの嫌味が聞こえたような気がする。


「お~い!アリ!」

真っ赤な顔をしながら、手招きしてくるやつがそこにはいた。


「勝手に俺を殺すなよ~しかも報酬の分け前、今日受け取っただろう?俺の代わりに?」


身体中、包帯でぐるぐる巻きにされてミイラみたいなミツルギがそこいにはいた。

椅子の横には、松葉杖が立てかけられている。


「おい、怪我は大丈夫かよ?不死身のミツルギさん?」


俺は、笑みを浮かべながらミツルギのいる席についた。


「お前~勝手に店にいる奴ら全員に奢るとか言い出しやがって!!!」

土手っ腹に穴が空き死にかけていたとは思えないほど元気なミツルギ。


「別にいいじゃねぇか……報酬は9割だろ?」


「なっ!なっ!聞いてないぞ!?8割って約束だったじゃねぇか~!」


「はははっ、そうだったか?」


「くっそぉ~アリエネェ~!!!」


「いや?アリエールだろ?」


そこには、俺たちのアリエナイ日常があった。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る