13:二人ならきっと…

「やっと外に出られたぁ——」


 グロスゴーレムを討伐した後、アカリたちはエイトが下りてくるときに利用した鎖を使って、元々いた空間に何とかよじ登った。

 そして、来た道をそのまま戻り、やっとの思いで洞窟の外に出てきた。


外に出ると、太陽の光が真正面から差し込んできて、そのあまりのまぶしさに目を細めてしまう。

 久しぶりの外の空気は澄み切っていて、淀んだ肺の空気を一気に入れ替えるようにアカリは深呼吸をし、その場に座り込んだ。


「全身汗でベトベト……どこかで湯あみでもしたいよ」


 蒸れた髪を両手でいじりながら、エイトの方をチラリと見る。


「それは俺も同感。一日中寝て身体を休めたい気分だ」


 さすがに疲れているのか、アカリに寄りかかるように座ったエイトはため息交じりに答える。

 あれだけ超人じみたエイトでもやはり疲れてしまうものなのか、とアカリは密かに思いながら、しばらく黙って目の前に広がる景色を堪能した。


 眼前に広がる景色は、陽光で朱色に染まっていて、ところどころにある川の水は光の反射でキラキラと輝いている。

 ヴァルハラにやってきてもう三ヶ月と十日。アカリは今までこれ以上に綺麗な景色を見たことがなかった。そもそもヴァルハラなんかで見惚れるほどに美しい景色を拝めるなんて夢にも思っていなかった。


(——美しい)


 ただそれに尽きる。この景色が今までの恐怖や絶望を帳消しにしてくれるなんてことはないけれど、生きててよかった……と、ほんの少し思えることができただけで、アカリの心は十分に満たされていた。


「あ、そうだ」


 ふと、エイトが腰のポーチをあさり始めた。

 なんだろうと思い、エイトの方に視線を映すと、エイトはポーチから出した金色の宝石による装飾が施されたオークル色の腕輪をアカリに差し出した。


「さっきのグロスゴーレムの死骸の中からとってきた神器。アカリにあげるよ」

「え……いいの? だってエイトくん、この神器を取りにここまで来たんでしょ?」


 差し出された神器を見て、さすがにアカリは遠慮する。


「いいんだよ。その、なんだ……この神器は俺が思ってた物と違ってたっていうか——」


 そのドギマギとした口調から、エイトが嘘をついていることにアカリはすぐに気づいた。

 今まで行動を一緒にしてきたからわかるが、エイトは驚くほどに良い人だ。だからこそアカリはエイトについていきたいと思った。

 けど、さすがにここまで親切にされてしまうと、どうしても警戒心が生まれてしまう。


「ねえ、エイトくん。どうしてそこまで親切にしてくれるの?」


 それは出会った当初からあるアカリの疑問だった。


 エイトは、ゲインに殺されそうになっているアカリを助けてくれた。グロスゴーレムに殺されそうなアカリを見捨てずに助けてくれた。あまつさえ、今はやっとの思いで入手した神器をアカリに渡そうとしている。


 その行動の真意はいったい何なのか?


 アカリは今までずっと助けてくれていたエイトを疑うことはしたくはなかったが、「甘い話には裏がある」というのが通説。こんな命を懸けて人が戦う場所なんかでは、それは常識に格上げされる。

 アカリの質問を聞いてエイトは返答に困ったように頭をポリポリかいた。


「最初も言ったと思うけど、別に大した理由じゃ——」

「濁さないで。大したことなくてもいい。理由があるならしっかり答えてほしいの」


 回答を濁らせようとしたエイトにアカリは少し身体を詰め寄せ、きちんとした回答を要求する。

 エイトは再び返答に困ったように頭をかくと、ついにその理由を話し始めた。


「俺は昔、家族を神に殺されてる。その時の俺は無力で、絶対に守ると決めていた家族を守れなかった。そして、その時から誓ったんだ。もう何も失うことがないくらい強くなろうって」


 視線を遠い夕日に移したエイトの顔は、どこか過去を懐かしんでいるような、もしくは後悔を含んでいるような感じがした。


「アカリ。君は俺の家族に面白いくらい似てる。花が好きなところは妹に、明るい性格は母さんに、栗色の髪はペットの犬に。そして、強い勇気は父さんに」


 視線をこちらに移しながら、エイトはそう語る。


「だから、守りたいって思った。一度家族を失ったからこそ、その家族に似ている君を見捨てるなんてできなかった」


 そうだったんだ、と心の中で納得した。

 理由を話し終えたエイトは、恥ずかしそうに頬を少し赤く染めながら「これでいいか?」と確認してきた。

 その姿がかわいく見えて、少し笑みがこぼれてしまう。


「うん! 話してくれてありがとう!」


 エイトから差し出された腕輪を受け取ると、アカリは立ち上がり腕輪を陽光に当てながらまじまじと見つめる。陽光に照らされた腕輪は金色の輝きを放っていて、それを左手首に付けてみれば、不思議とちょうどいいサイズ感に収まった。


 左手首につけた腕輪をなでながら、アカリはしみじみと思う。


(本当に……本当に、エイトくんに出会えてよかった)


 振り返ってみると、エイトはいまだに座りながら恥ずかしそうに頬を染めていて、アカリはそれがおかしくて、またクスリと笑みがこぼれた。


「ほら! いつまでも恥ずかしがってないで、安全に休憩できる場所を探しましょ!」


 アカリはそんなエイトの手を引いて立ち上がらせる。


 固く結んだ手を離さないように、アカリはエイトと共に歩み始めた。


 エイトと出会えたことに、命を救ってくれたことに、生きる希望を与えてくれたことに感謝しながら、一歩一歩とこのヴァルハラの大地を踏みしめていく。


 二人ならきっと、どんな困難にだって立ち向かっていける。


 この人エイトとならきっと、どんな絶望にだって抗える。


 どれだけこの世界ヴァルハラが腐っていようと、どれだけ無謀なことだとしても。



 この二人でならきっと、必ず生きていけるどんな夢だって叶えられるから。





―――――


どもども、星乃るびです。

ここまで読んでいただき、誠にありがとうございました。


こちらの作品は、ここでいったんの完結とさせていただきます。

もし、いつの日かこの作品の続きを望んでくれるようなありがたい声があれば、その時は喜んで続きを執筆したいと思っています。


改めまして、ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました。


新作も近いうちに出す予定ですので、その時はそちらの作品も読んでいただけると幸いです。


では、またいつか。

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ヴァルハラ・エンゲージ 明原星和 @Rubi530

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