09:生きる覚悟

 ズズン——と、地鳴りのような音が聞こえた。


 見ると、そこには落下の影響で瓦礫の下敷きになっているグロスゴーレムが起き上がろうとしている姿があった。

 早く逃げないと殺されてしまうのに、アカリの身体はピクリとも動かない。

 全身を鈍器で滅多打ちされたような痛みよりも、迫りくる死の恐怖よりも、必ず助けてくれると信じていたエイトに見捨てられたという事実が、アカリの心に深い傷を残す。


(約束したのに……信じて、たのに……)


 途端に足が麻痺したかのような感覚を覚える。力の入らない足をゆっくり折りたたんで膝をつくと、アカリは一縷の望みを抱いてもう一度上を確認した。


 だけど、そこにはエイトの姿はない。


(なんで、あれだけカッコいい言葉を吐いておいて、あっさりと人を見捨てられるの? 怒りだとか恨みだとかよりも、呆れが勝っちゃってもう何も言えないよ)


 小さな溜息を吐いて、心の中で愚痴をこぼす。

 だけど、自分の命が一番大事だという考えに、アカリは何も文句を言えない。

 なぜならそれは至極当然のことだし、なんだったらアカリが今見捨てられたことに若干の苛立ちを覚えているのも、所詮自分の命が一番かわいいからに過ぎない。


 まったく、我ながらなんて哀れな女なんだろう。


 真横から大きな足音が聞こえて、そっちに視線を落とすと、グロスゴーレムがゆっくりとアカリとの距離を詰めてきていた。

 あ、もうダメだ。と直感的に悟ったアカリに、抵抗する意思はひとかけらも残っていない。


 もう、潔く死を認めよう。どうせ抵抗しても助からない。

 こんなふざけた世界ヴァルハラから解放されるのなら、それでいい。こんないつ死ぬかもわからない恐怖に襲われ続ける生活なんて、もうまっぴらだ。

 アカリは生きることを諦めて、ただ目を瞑り自分の最後の時を待った。


…………チャキン


 聞きなれた金属音がした。

 アカリの右手が無意識に家族の写真が入った銀のロケットを握っていたのだ。


 ——死んだらだめだ‼


 誰かにそう言われた気がした。

 野太くて耳に響く。時折うるさいと感じることもあるけど、アカリを包んで力強く守ってくれるような、お父さんの声。


 ——あなたなら大丈夫よ。きっと生きて帰ってこられるから。


 誰かにそう言われた気がした。

 優しくて大好きな。弱々しいけど、なぜだかとっても頼れるような、お母さんの声。


 ロケットを開くと、二人の懐かしい顔がアカリの視界に飛び込んでくる。

 本当に不思議だ。

 このロケットを開くだけで、アカリはどんなに絶望的な状況だろうと、どんなに心が折れていようと、前に進む勇気をくれる。


「ありがとう……お父さん、お母さん」


 力の入らない足に無理やり力を入れて、アカリは立ち上がる。全身を襲う痛みに耐えながら、腰の短剣を抜き、折れた左腕の激痛に耐えながら、構えをとった。


「こんな世界に、私は負けない」


 迫りくるグロスゴーレムは、やはりとても大きい。まったく怖くないかと言われればそんなことはない。

 だけど、もう迷いはしない。どんな恐怖が襲い掛かろうと、前に進むだけだ。


「生きて、生きて、生き抜いて、生き続けて……」


 洞窟の壁が、床が、グロスゴーレムの足音と共に揺れる。

 そのたびに振動が身体に響いて、痛みを刺激してくるけれど、アカリが後ずさることはもうない。


「絶対に、家族みんなのところに帰るんだから‼」

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